ホーンビィ
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ロゴ | |
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メカノ製のOゲージ フランス国鉄BB8100形電気機関車 | |
| 種類 | 鉄道模型 |
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| 使用会社 | ホーンビィ・ホビース |
| 使用開始国 |
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| 使用開始 | 1920年 |
| 旧使用会社 | メカノ |
| ウェブサイト | Hornby UK |
きかんしゃトーマス
ホーンビィ (英: Hornby、Hornby Hobbies Ltd.) は、かつてはイギリスのメカノ社 (英: Meccano、Meccano Ltd.) の鉄道模型ブランドであったが、後に独立した模型メーカー・ブランドとなった。
メカノ社のミニカーは「ディンキー」を、ホーンビィのスロットカーは「スケーレックストリック」を、メカノ社および金属製組み立て玩具については「メカノ」を参照。
1901年、フランク・ホーンビィ (Frank Hornby) によってイギリスのリバプールで創業された玩具メーカーのメカノ社を前身とする。メカノ社は当初、穴の開いた金属製の平板部品をボルトとナットで組み立てて形をつくる玩具「メカノ」を製造していた。1920年からぜんまい式のOゲージ鉄道模型の製造を始め、その後はOゲージ用アクセサリーとしてミニカーの「ディンキー」や、電動式のOOゲージ・HOゲージ鉄道模型などを製造した。1960年代以降、倒産や買収を経て独立したメーカーとなった。
1990年代以降、OOゲージ鉄道模型においては最大手メーカーであり、車両から線路、制御機器、ストラクチャー、シーナリー用品まで一手に製造している。2000年以降、経営不振の同業他社を積極的に傘下に収め、イギリスはもとよりヨーロッパを代表する模型メーカーの1つになっている。日本語ではホーンビィ、ホーンビー、ホンビーなどと呼称される。
2009年現在、社長 (Chairman) はニール・ジョンソン (Neil Johnson)。売上高 (Turn Over) は6157万ポンド、純利益 (Net Profit) は421万ポンド、従業員数240名である。
歴史
ホーンビィ・トレインズ : 1920 - 1938
1920年、メカノ社は縮尺1/43のぜんまい式のOゲージ鉄道模型を「ホーンビィ・トレインズ」(Hornby Trains) のブランド名で発売した。1925年には交流200ボルト電動式の三線式Oゲージを発売した。1930年代になると安全性の観点から6ボルトモーターを使い、交流20ボルトとなった。ぜんまい式のOゲージは1937年まで、電動式は1949年までリバプール工場で製造された。
フランスにも工場が設けられ、フランス向けのOゲージ鉄道模型が製造された。フランス以外のオーストラリア、ニュージーランド、アルゼンチン、北欧への輸出分はリバプール工場で製造された。輸出品は外国風に塗られたものの、イギリス風にしか見えないものであった。
1927年にアメリカ市場の価格破壊を目指して進出し、ニュージャージー州エリザベスに工場を設け、アメリカ向けにOゲージ鉄道模型が製造された。しかし製品はカラフルで魅力的ではあったものの、製造されたのがぜんまい式のみであったり、価格面で他社よりも優位に立てなかったこと、さらに1929年の大恐慌の影響もあり、玩具大手のA.C.Gilbert社に工場を売却し、1930年にアメリカ市場から撤退した。残った製品はカナダやイギリスで販売された。
ホーンビィ・デュブロ : 1938 - 1963
1938年、直流三線式のOOゲージ鉄道模型を「ホーンビィ・デュブロ」(Hornby-DublO、DublO = OOの英語読みのもじり) のブランド名で発売した。機関車やストラクチャーはダイカスト成形の亜鉛合金製で、貨車や客車はプレス加工されたブリキ製であった。同社はOOゲージを直流12ボルト・三線式を標準として計画し、イギリスにおいて展開した。その後急速に規模を拡大させるも、1940年以降は第二次世界大戦の影響で規模は縮小され、1942年には製造が中断された。
戦後、製造は再開されたが1948年までは全てを再開できなかった。その後、バゼットロークやエクスレイ、ライオネルやアメリカンフライヤーのように繁栄したものの、1950年代後半にはトライアング・レールウェイズ (Tri-ang Railways) などのライバルが現れたため苦境に立たされた。また、プラスチック製品の製造が遅れたのも影響した。1959年にそれまでの直流三線式に加えて、直流二線式の製品を、プラスチック製客車「the Super Detail series」と共に発売したものの、ライバル会社と比べシステムは複雑になってしまった。プラスチック製客車シリーズは好調で、1960年にはフランス向けとして直流二線式HOゲージが「ホーンビィ・アショオ」(HOrnby-acHO、acHO = HOのフランス語読みのもじり) のブランド名で展開されはじめた。ホーンビィ・アショオはフランス工場で製造された。
1963年に経営危機が発生してイギリスでは新製品が発売されなくなった。
トライアング・ホーンビィ : 1964 - 1971
1964年、「トライアング・レールウェイズ」(以下トライアングと記す) のブランド名で鉄道模型を展開していたラインズ・ブラザーズ社 (Lines Bros Ltd.) によってメカノ社が買収され、ブランド名は「トライアング・ホーンビィ」(Tri-ang Hornby) に変更された。それまでホーンビィ・デュブロで展開されていた車両やストラクチャーは、金属製でコストがかかるため製造は中止され、プラスチック製が主力であったトライアング製品を中心に存続された。ホーンビィ・デュブロの金型はレーン社が引継ぎ、ダイカスト成形の機関車やプラスチック製客車はその後も製造されたものの、Oゲージ製品は廃棄されたり、リバプールの模型店に引き取られて販売された。リバプール工場での鉄道模型の製造は終了し、ラインズ・ブラザーズ社傘下で、ケント州マーゲート (Margate) にあるロベックス社 (Rovex) の工場に移った。
1970年、ラインズ・ブラザーズ社の組織改編により、旧メカノ社部門が、メカノ・トライアング社 (Meccano Tri-ang Ltd) となった。
ホーンビィ・レールウェイズ (DCM) : 1972 - 1980
1971年にラインズ・ブラザーズ社が倒産し、メカノ・トライアング社の鉄道模型部門が複合企業体であるDunbee Combex Marx (DCM社) に買収され、1972年からブランド名は「ホーンビィ・レールウェイズ」(Hornby Railways、以下ホーンビィと記す) と改称された。フランスで製造されていたHOゲージは、TEEミストラル客車など傑作を残したものの、全ての製造を1974年に終了している。金属製組み立て玩具の「メカノ」やミニカーの「ディンキー」の部門はイギリスの模型メーカーであるエアフィックス (Airfix) に買収された。
1970年代の一時期、ドイツのトリックスのNゲージ製品であるミニトリックス (Minitrix) を「ホーンビィ・ミニトリックス」(Hornby Minitrix) のブランド名で展開していたが数年で撤退した。
1970年代後半、エアフィックスなどの新規参入メーカーが細密成型の完成品を多く発売したため、それまで細密とはかけ離れた製品しかなかったホーンビィ製品は苦境に立たされた。愛好者からはホーンビィでももっと細密な製品を、という注文が相次いだ。そのような中で、当時においては画期的であったデジタル式の多重列車制御装置である「Zero 1」が発売された。これは1990年代に普及したデジタルコマンドコントロールと同様のものである。鉄道模型史上重要な道標であるにもかかわらず、Zero 1はコントローラーとデコーダーが高価で従来の車両と互換性が無く、デコーダー搭載車両は従来のアナログ式コントローラーでは制御出来ないため普及しなかった (製品の項で詳述)。
1980年にDCM社が倒産した。
ホーンビィ・ホビース : 1980 -
1981年、マネジメント・バイアウトによりDCM社から独立し、社名は「ホーンビィ・ホビース」(Hornby Hobbies Ltd.) となった。ブランド名は引き続き「ホーンビィ・レールウェイズ」が使用された。1985年頃に、かつてエアフィックスが製造し、エアフィックス倒産後はダポール (Dapol) で製造されていたいくつかの製品をホーンビィが買い取り、自社製品として販売した。同時期に『きかんしゃトーマス』に登場する列車の製品化を開始した。1986年、株式を公開した。
1990年代前半はダポールやバックマン (Bachmann)、外国メーカーであるリマ (Lima) などと対抗することになった。1995年から、経費削減と品質改善を目指し、中国の広東省での製造を開始し、1999年には全ての製造を中国で行うようになった。
2000年代に入るとハリーポッターの映画に登場するホグワーツ・エクスプレスを模型化し、売り上げは急増した。2003年にはOOゲージライブスチームのマラード号を発売し、その後も数機種のOOゲージライブスチームが発売された。同社がライブスチームを販売するのは1970年代に発売した3.5インチゲージのロケット号以来である[1]。
また、2012年には自動車アニメ『Olly the Little White Van』(邦題:はたらくくるま オーリーとなかまたち) のマスター・トイのライセンスを取得し、玩具展開を開始した。
近年、イギリスではバックマンによる細密な新製品が多く登場しており、それに対抗するためにホーンビィでも新製品を発売している。サザン鉄道マーチャント・ネイビー級、31形ディーゼル機関車、08形ディーゼル機関車などがある。
ホーンビィ・インターナショナル
2004年、経営難に陥っていたイタリアのリマグループを買収し、リマ・ジョエフ・リバロッシ・アーノルトを含むイギリス以外の鉄道模型ブランドとして「ホーンビィ・インターナショナル」(Hornby International) を設立した。この買収によってフランスにおいてホーンビィによる鉄道模型の展開が再開される事となった。製造はホーンビィ製品と同様に中国で行われている。さらにスペインのエレクトロトレン (Electrotoren) を買収した。
ハンブロール、コーギーの買収
2006年、経営難に陥っていた模型メーカーのハンブロール (Humbrol) とその子会社であるエアフィックスを買収し傘下に加えた。経営難によりハンブロールは消滅するかと思われていたが、ホーンビィによって救われ、多くの愛好者・モデラーは胸をなでおろした。
2008年、鉄道模型メーカーのバゼットロークを傘下に持つ、自動車模型メーカーのコーギー・クラシック (Corgi Classics) を買収した。

