ボニファーチョ3世 (モンフェッラート侯)
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| ボニファーチョ3世 Bonifacio III Paleologo | |
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| モンフェッラート侯 | |
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| 在位 | 1483年 - 1494年 |
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| 出生 |
1426年8月10日 |
| 死去 |
1494年(67/68歳没) |
| 配偶者 | オルヴィエターナ・ディ・カンポフレゴーゾ |
| エレーヌ・ド・ブロス | |
| マリア・ブランコヴィチ | |
| 子女 |
グリエルモ9世 ジョヴァンニ・ジョルジョ |
| 家名 | パレオロゴ=モンフェッラート家 |
| 父親 | モンフェッラート侯ジョヴァンニ・ジャコモ |
| 母親 | ジョヴァンナ・ディ・サヴォイア |
ボニファーチョ3世(Bonifacio III Paleologo, 1416年8月10日 - 1494年)は、モンフェッラート侯(在位:1483年 - 1494年)[1]。
ボニファーチョ3世は、モンフェッラート侯ジョヴァンニ・ジャコモとジョヴァンナ・ディ・サヴォイアの息子である。ボニファーチョはフェラーラ戦争に巻き込まれた兄グリエルモ8世の跡を継いだ。戦争の東部戦線が沈静化すると、ボニファーチョはサヴォイア公の進軍に直面することとなった。ボニファーチョは休戦条約に署名し、姪のビアンカをサヴォイア公カルロ1世と結婚させた。また、男子の跡継ぎを残さずに亡くなった場合、モンフェッラート侯位をカルロ1世に譲ることとした。
この決断は、侯位継承を企てたモンフェッラート侯ジョヴァンニ4世の庶子スキピオーネ・パレオロゴが、同じく継承権者であった親戚のサルッツォ侯ルドヴィーコ2世によりカザーレ・モンフェッラートで暗殺された事件に端を発していた。ボニファーチョは1486年のサルッツォ侯との戦いでサヴォイア家側に味方し、ルドヴィーコ2世が所有していたランゲ地方のいくつかの領地を占領した。