ボーミンガウン
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史実
ボーミンガウンに関する史実はほとんど明らかではない。彼は1885年ごろにミャンマー北部で誕生し、晩年をチャウッパダウンで過ごしたのち、1952年に亡くなったようである[2]。
彼は1930年代頃にはウェイザーとして知られていたようであり、エマニュエル・サルキシャンツは1928年にはすでに、「転輪聖王と考えられ、仏陀に次ぐ第二の場にいる」ボーミンガウンがミッチーナーに現れたという噂があったことを記している[3]。トーマス・パットン(Thomas Patton)は、存命時の彼を知るものに対するインタビュー調査をまとめながら、彼には精神的問題があった可能性が高いと結論づけている。ボーミンガウンはほとんど話すことがなく、仮に話したとしても、ちんぷんかんぷんであったり、要領を得ないことが多く、その言わんとするところは弟子たちによって解釈されていた。また、彼は人前で放尿したり、参詣に来た人に罵声を浴びせたり糞便を投げつけることもあったという。こうした奇矯なふるまいにもかかわらず、彼は崇敬の対象となっており、1947年頃から没年の1952年にかけては、彼を詣でる信徒は増え続けていた[4][注釈 1]。
伝記
ボーミンガウンの生涯については、各地で伝わる伝承をまとめた「伝記」が流通している[6]。彼の伝記として出版される書籍は、彼の生涯というよりはもっぱら彼の奇跡に焦点をあてたものであり、彼の前世と信じられる様々な人物のものもふくめ、様々なエピソードがばらばらの時系列で語られることが多い[7]。これは、信徒がボーミンガウンを歴史上の人物とみなしておらず、伝記はあくまでも信徒が彼との関わりを見出すための材料として用いられているからである[8]。とはいえ、土佐桂子がまとめるところによれば、彼の伝承上の来歴は以下の通りである[6]。
ここで語られる、ボーミンガウンが放棄されていた廃車を動かす逸話は、彼の起こした奇跡としてもっとも広く語られるものである[9]。パットンは、「ボーミンガウンが脱線した列車を、牛を御すように、棒一本で線路に戻した[6]」という、同じく広く語られる伝承も挙げながら、こうした伝説が成立した背景には、当時のミャンマーにおいて近代技術が日常に浸透しつつあったことがあり、ウェイザーの魔術は電気や電波に通じるものとして理解された可能性があると論じている[9]。
