ポコ (バンド)
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| ポコ Poco | |
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ポコ(2007年) | |
| 基本情報 | |
| 出身地 |
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| ジャンル | カントリー・ロック、フォークロック、ソフトロック |
| 活動期間 | 1968年 - 2021年 |
| 公式サイト |
pocoband |
| 旧メンバー |
ジャック・サンドラ(ボーカル、ベース) ラスティー・ヤング(ボーカル、ギター、スティールギター、マンドリン) リッチー・フューレイ(ボーカル、ギター) ジム・メッシーナ(ボーカル、ギター、ベース) ランディ・マイズナー(ボーカル、ベース) ジョージ・グランサム(ボーカル、ドラムス) ティモシー・B・シュミット(ボーカル、ベース、ハーモニカ) ポール・コットン(ボーカル、ギター) アル・ガース(サクソフォーン、ヴァイオリン) スティーヴ・チャップマン(ドラムス) チャーリー・ハリソン(ベース) キム・ブラード(キーボード、コーラス) ティム・スミス(ドラムス) リチャード・ネヴィル(ボーカル、ベース) ポール・コットン(ボーカル、ギター) リック・セラット(キーボード、コーラス) デイヴ・ヴァネコア(キーボード) ジョージ・ロレンス(ドラムス、パーカッション) マイケル・ウェッブ(キーボード、ギター、アコーディオン、マンドリン) |
ポコ(Poco)は、アメリカ合衆国のカントリー・ロック・バンド。カントリー・ロックにポップ・フィーリングを加えたスタイルが特徴である。
1968年にバッファロー・スプリングフィールドが解散し、メンバーのリッチー・フューレイとジム・メッシーナ[脚注 1]が、ランディ・マイズナー、ラスティー・ヤング、ジョージ・グランサムを加えて「ポゴ(Pogo)」を結成するが、ウォルト・ケリー作の有名コミックに「ポゴ」という名のキャラクターがおり、本人からのクレームを受けてポゴに近い名前として「ポコ(Poco)」と改名する。
1969年、スタジオで作業をしていたリッチー・フューレイとジム・メッシーナが、編集作業の参加希望を拒否したことに憤慨したランディ・マイズナーはデビュー・アルバムのリリース前に脱退し、後にイーグルスのオリジナル・メンバーとなる[1]。マイズナーの脱退に伴い、フューレイとメッシーナはマイズナーのボーカルを他のメンバーのものに替え、ベース・パートを一部メッシーナが録音し直し、ジャケットからマイズナーを削除した。空席になったベーシストの位置に一旦メッシーナが就くが、マイズナーのような高音パートを必要と考えたポコのメンバーはすぐに後任として元グラッド(Glad)のティモシー・B・シュミットを迎えた。ちなみにシュミットは、ポコの結成時にベースのオーディションに参加していたが、マイズナーが採用されたため、このような形での加入となった。
1970年、フューレイのバンド運営専制化に嫌気がさしたメッシーナが脱退し、後にロギンス&メッシーナを結成することになる。後任としてポール・コットンが加入した。
1973年にフューレイが、ヒットを期待して作った「A Good Feelin' To Know」をシングルカットし、4枚目のスタジオ・アルバム『グッド・フィーリン』をリリースした。しかしこれが期待通りには売れず、結局は次作の『クレイジー・アイズ』をリリースした後にフューレイが脱退してサウザー・ヒルマン・フューレイ・バンドを結成することとなる。その後、バンドの存続について話し合い、残った4人で活動を続けることになる。「Fab Four(Fantastic Four Era)」と呼ばれるこの時代は12枚目のアルバムまでメンバー、楽曲が安定しており、この頃のポコを好むファンも多い。
1977年にはティモシー・B・シュミット[脚注 2]が、イーグルスへの加入のために脱退した。この時もランディ・マイズナーの後任としてであった。その後、ヤングとコットンは新しいメンバーを加えてバンド名を変えて活動しようとするが、ポコの知名度を重視していたレコード会社側の圧力もあり、1978年にバンド名をポコのままで13枚目のアルバム『伝説』をリリースした。このアルバムはBillboardチャートで14位になりゴールド・ディスクを獲得、シングル「クレイジー・ラヴ」もヒットした[2]。
その後、メンバー・チェンジの繰り返しなどもあり、解散状態になったが、1988年にヤングが過去のメンバーに再結成を呼びかけ、オリジナル・メンバーで再結成を果たした。1989年9月には19枚目のアルバムとなる『レガシー』がリリースされ、11月にはシングルカットされた「Call It Love」がリリースされた。この曲は、バンドのメンバーで唯一、一度も脱退することなく、ポコを守り続けたヤングがボーカルを担当した。
その後はメンバー交代を繰り返しながら活動し、2002年には20枚目のアルバム(ベスト・アルバムの『Forgotten Trail』(1990年)を除く)『Running Horse』がリリースされ、ライブ活動も行った。2004年にはオリジナル・メンバーのドラマーであるジョージ・グランサムがステージ上で発作を起こして半身不随となり、リハビリに専念するため彼は正式メンバーから外れることになった。
その後も活動していたが、2010年に長年メンバーであったコットンが、メンバー内での収入の分割についての対立により脱退した。
2013年にオリジナル・メンバーがヤングのみとなったポコで、11年ぶりのスタジオ・アルバムとなる『All Fired Up』をリリースした。2015年1月には「コロラド・ミュージック ホール・オブ・フェイム」でのライブで、久々にリッチー・フューレイ、ラスティー・ヤング、ポール・コットン、ティモシー・B・シュミット(病気療養中のジョージ・グランサムは欠席)が顔を揃え、変わらないハーモニーと演奏を聴かせてくれた。
2021年4月14日、オリジナル・メンバーのラスティー・ヤングが心臓発作で急死するも、活動は継続中である。