ポルティモア男爵

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ポルティモア男爵
Baron Poltimore
創設時期1831年9月10日
創設者ウィリアム4世
貴族連合王国貴族
初代初代男爵ジョージ・バンプフィールド英語版
現所有者7代男爵マーク・バンプフィールド
相続人ヘンリー・バンプフィールド閣下
付随称号(ポルティモアの)準男爵
旧邸宅ポルティモア・ハウス英語版
モットー主にありて喜べ
(Delectare in Domino)

ポルティモア男爵: Baron Poltimore)は、イギリスの貴族、男爵、連合王国貴族爵位。デヴォンの地主ジョージ・バンプフィールド英語版が1831年に叙位されたことに始まる。

バンプフィールド家はコーンウォールと隣り合うデヴォン地方ポルティモア英語版を領した。

バンプフィールド家はデヴォン地方の地主で、14世紀初頭にはエクセター近郊にポルティモア荘園英語版を得ていたとされる[1]。その係累サー・ジョン・バンプフィールド英語版はペンリン選挙区選出の庶民院議員を務めたのち、1641年にイングランド準男爵位の(デヴォン州ポルティモアの)準男爵(Baronet, of Poltimore in the County of Devon)を授けられている[2]

その子の2代準男爵コープルストンは熱心な王党派で、イングランド内戦期のランプ議会に対する諫言にも加わっている[2][3]。彼は庶民院議員を三度務めており[3]、以降の歴代当主(3代準男爵-5代準男爵)もエクセター選挙区から庶民院議員を務め続けた[2]

他方、5代準男爵チャールズの代にバンプフィールド家に悲劇が襲った。同家の元使用人が5代準男爵をピストルで狙撃し、これがもとで亡くなるという事件が起きている[2][4]。そのため、長男ジョージが準男爵位を継承した。

その6代準男爵ジョージは、1831年に連合王国貴族デヴォン州ポルティモアのポルティモア男爵(Baron Poltimore, of Poltimore in the County of Devon)に叙されて貴族に昇った[5]

以降、直系男子による継承が続いており、来孫にあたる7代男爵マークが男爵家現当主である。

ポルティモア・ティアラで着飾ったサラ夫人(2代男爵の妻)。のち、イギリス王室のマーガレット王女の持ち物となる。
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ポルティモア・ティアラで着飾ったサラ夫人(2代男爵の妻)。のち、イギリス王室マーガレット王女の持ち物となる。

なお男爵家の名前を刻むものとして、サラ・バンプフィールド男爵夫人(2代男爵オーガスタスの妻)の所有したアクセサリー『ポルティモア・ティアラ(Poltimore Tiara)がある。ポルティモア・ティアラはサラ夫人の手を離れたのち、イギリス王室マーガレット王女の所有となったことで知られる[6][7]。王女が亡くなるとオークションに掛けられて、920,000£(日本円:1億6,700万円)で落札された[8]

現当主の保有爵位

一覧

脚注

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