ポンペオ・レオーニ
From Wikipedia, the free encyclopedia
ミラノで工房を開いていたレオーネ・レオーニ(Leone Leoni: 1509-1590)の息子に生まれた。父親の工房で彫刻や彫金の技術を学んだ。
父親とスペインの宮廷からの注文で作品を制作し、大部分の作品はスペインに残されている[2]1579年ころはマドリードのエル・エスコリアル修道院の祭壇彫刻の仕事をした。この仕事の助手にはオランダ生まれの彫刻家アドリアーン・デ・フリース(c.1556年-1626)が助手として加わった。
息子のミケル・アンヘル・レオーニ(Miquel Ángel Leoni: 1582-1610)に彫刻を教え、エル・エスコリアル修道院で協力したフアン・デ・アルフェ(Juan de Arfe)といったスペイン人彫刻家たちに影響を与えた。
1608年にマドリードで亡くなった。
ポンペオ・レオーニはレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)の手稿や素描の所有者であったことでも知られている。手稿を相続したレオナルドの弟子のフランチェスコ・メルツィの息子オラツィオ・メルツィ(Orazio Melzi: ?-1690)から入手した。また現在プラド美術館に所蔵されている16世紀の画家パルミジャニーノの聖家族を描いた絵画も所有していた。
