ポール・ハンフリー
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ハンフリーは8歳でドラムの演奏を始め、地元デトロイトでレッスンを始める。アメリカ海軍除隊後は、ニューヨークに進出しており、ジャズ・ミュージシャンとして活躍していたジョン・コルトレーン、チャールズ・ミンガス、レス・マッキャン、カイ・ウィンディング、ブルー・ミッチェルらと共演した。
その後は、ニューヨークからロサンゼルスに移り、数多くのミュージシャンと共演。スタン・ケントン、ウェス・モンゴメリー、カーメン・マクレエ、ヒューバート・ロウズ、クインシー・ジョーンズなどジャズ及びフュージョン系ミュージシャンに限らず、バート・バカラック、サミー・デイヴィスJr.、ダイアン・キャロル、スティーリー・ダン、ダスティ・スプリングフィールド、マーヴィン・ゲイ等と共演。マーヴィン・ゲイのヒット作であるアルバム『ホワッツ・ゴーイン・オン』にも参加している[2]。
1971年には自身初のリーダー作を発表。リーダーとしては、ポール・ハンフリーとクール・エイド・ケミストを結成。このバンドにはギタリストのデイヴィッド・T・ウォーカーも参加している。このバンドはシングルをヒットさせ、特に「クール・エイド」と「ファンキーLA」はチャートインを記録するヒットとなった[3]。