ポール・ピール

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死没 1892年10月3日
フランス,パリ
運動・動向 アカデミック美術、ポン=タヴァン派
ポール・ピール
Paul Peel
自画像
生誕 1860年11月7日
カナダ, ロンドン (オンタリオ州)
死没 1892年10月3日
フランス,パリ
運動・動向 アカデミック美術、ポン=タヴァン派
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ポール・ピール(Paul Peel、1860年11月7日 - 1892年10月3日)はカナダの画家である。1890年にサロン・ド・パリで入選し、カナダ人として国際的な評価を得た画家の先駆けとなったが[1]、31歳で肺炎で没した。

オンタリオ州ロンドンで生まれた。 ウィリアム・リース・ジャドソン(William Lees Judson:1842-1928)に学んだ後、アメリカのフィラデルフィアのペンシルベニア美術アカデミーでトマス・エイキンズに学んだ。その後パリに渡り、エコール・デ・ボザールジャン=レオン・ジェロームに学び、アカデミー・ジュリアンバンジャマン=コンスタンルフェーブルアンリ=リュシアン・ドゥセに学んだ。

1882年に結婚し2人の子供ができた。オンタリオ美術家協会や王立カナダ芸術院(Royal Canadian Academy of Arts)[2]の会員となりそれらの展覧会に出展した。国際的な美術展にも出展し、1890年に、2人の裸の子供の姿を描いた「入浴の後で」をサロン・ド・パリに出展し、銅賞を受賞した。当時まだカナダ生まれの画家が、国際的な評価をうけるのはめずらしかった。子供たちの絵やヌードの作品で知られている。またカナダ人の画家がヌードを描くのもそれまであまり例がなかった[3]

パリで肺炎で没した。31歳であった。

作品

脚注

参考文献

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