マイク・ネスミス
アメリカのミュージシャン (1942-2021)
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略歴
テキサス州ヒューストン出身。母親は修正液の発明者で実業家のベティ・ネスミス(1924年~1980年)。
1963年にソロ・シングルを発表[3]。1964年に作詞作曲した「悲しきロック・ビート」(Different Drum)は、1967年にストーン・ポニーズ(Stone Poneys)[注釈 1]にカバーされ[注釈 2]翌1968年に全米13位を記録した。
1966年、ザ・モンキーズの結成メンバーとして、ギターとヴォーカルを担当。
→詳細は「モンキーズ § 来歴」を参照
1969年にザ・モンキーズを脱退。カントリー・バンドであるマイケル・ネスミス・アンド・ザ・ファースト・ナショナル・バンド(Michael Nesmith & The First National Band)[4]を率いて活動し、「シルバー・ムーン」(1970年)などのヒットを放った。「Elephant Parts」(1981年)が第24回グラミー賞のVideo of the Yearを受賞した。
クリスチャン・サイエンスの信者である[5]。

2021年12月10日、心不全のためカリフォルニア州の自宅で亡くなった[6]。78歳没。同年11月のロサンゼルスで開催された元ザ・モンキーズのミッキー・ドレンツとのツアー公演が、最後のバンド演奏となった[7]。
ディスコグラフィ
フィルモグラフィ
映画
- ハイド・アンド・シーク(1996年)クレジットなし
書籍
- Nesmith, Michael (1998). The Long Sandy Hair of Neftoon Zamora: A Novel. St Martins Pr. ISBN 978-0312192969
- Nesmith, Michael (2009). The America Gene. Pacific Arts Video. ISBN 978-1561110001
- Nesmith, Michael (2017). Infinite Tuesday: An Autobiographical Riff. Crown Archetype. ISBN 978-1101907504