マイク・ロイコ
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ポーランド系の母親、ウクライナ系の父親のもとに、イリノイ州シカゴで生まれる。生家はバーの階上にあったという。10代のほとんどをバーテンダーとして過ごし、1952年に空軍に入隊。シカゴ・デイリー・ニューズ紙の記者だった、と経歴を偽り[1]、空軍基地内で発行される新聞のために記事を書いた。その後City News Bureau of Chicagoに在籍し、地元の週刊新聞のために政治や音楽についてのコラムを執筆するようになる。
1964年より、かつて出身を偽装したシカゴ・デイリー・ニューズ紙において、毎日連載のコラム執筆を開始。1972年にピューリッツァー賞の論説(Commentary)部門を受賞した。
1978年のデイリー紙休刊後はシカゴ・サンタイムズに移籍したが、ルパート・マードックがサン紙を傘下におさめることが決定すると、マードックの批判者だったロイコは同地域のライバル紙シカゴ・トリビューンに移った。
1997年、脳動脈瘤破裂のため死去。64歳。のべ40年のキャリアを通して、全米600紙以上の新聞に7500本以上のコラムを提供した。