マイク・ロイコ

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マイク・ロイコ(Michael "Mike" Royko、1932年9月19日 - 1997年4月29日)は、アメリカ合衆国コラムニスト

ポーランド系の母親、ウクライナ系の父親のもとに、イリノイ州シカゴで生まれる。生家はバーの階上にあったという。10代のほとんどをバーテンダーとして過ごし、1952年空軍に入隊。シカゴ・デイリー・ニューズ英語版紙の記者だった、と経歴を偽り[1]、空軍基地内で発行される新聞のために記事を書いた。その後City News Bureau of Chicagoに在籍し、地元の週刊新聞のために政治や音楽についてのコラムを執筆するようになる。

1964年より、かつて出身を偽装したシカゴ・デイリー・ニューズ紙において、毎日連載のコラム執筆を開始。1972年ピューリッツァー賞の論説(Commentary)部門を受賞した。

1978年のデイリー紙休刊後はシカゴ・サンタイムズに移籍したが、ルパート・マードックがサン紙を傘下におさめることが決定すると、マードックの批判者だったロイコは同地域のライバル紙シカゴ・トリビューンに移った。

1997年、脳動脈瘤破裂のため死去。64歳。のべ40年のキャリアを通して、全米600紙以上の新聞に7500本以上のコラムを提供した。

人物

  • シカゴ・カブスの熱心なファンであった。同チームにまつわるジンクス「ビリー・ゴートの呪い」の由来で知られる酒場「ビリー・ゴーツ・タヴァーン」の常連客であった。
  • 翻訳家の井上一馬は、ロイコのコラムを「悪と闘い、権力と闘い、役人と闘い、機械と闘い、常識と闘い、欺瞞と闘い、不条理と闘い、“愚かな”女性と闘うコラムである」「その闘いの模様をユーモアを持って読みごたえのあるコラムに仕上げる」と評している[1]
  • デーブ・スペクターは、「ボブ・グリーンは本当はオハイオの人だからね。マイク・ロイコや『仕事!』で有名なスタッズ・ターケルが、シカゴらしいコラムニストなんだよ」と述べている[2]

著作

脚注

関連項目

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