マイケル・アモット
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出生名
Michael Amott
| マイケル・アモット Michael Amott | |
|---|---|
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アーチ・エネミー - チェコ公演(2018年7月) | |
| 基本情報 | |
| 出生名 | Michael Amott |
| 生誕 |
1969年7月28日(55歳) |
| 出身地 |
ハッランド県 ハルムスタッド |
| ジャンル |
メロディックデスメタル デスメタル スラッシュメタル グラインドコア ヘヴィメタル ハードロック ストーナーロック |
| 職業 |
ギタリスト ソングライター |
| 担当楽器 | ギター |
| 活動期間 | 1988年 - |
| 共同作業者 |
カーネイジ カーカス スピリチュアル・ベガーズ アーチ・エネミー キャンドルマス ブラック・アース |
| 公式サイト | michaelamott.com |
| 著名使用楽器 | |
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ESP NINJA DEAN TYRANT | |
マイケル・アモット(Michael Amott、1969年7月28日 - )は、イングランド・ロンドン生まれ、スウェーデン・ハルムスタッド育ちのギタリスト。メロディックデスメタルバンドの「アーチ・エネミー」および「スピリチュアル・ベガーズ」の結成メンバーでありリーダー。幅広い人脈を持ち、北欧ヘヴィメタルシーンにおける中心人物の一人である。マイケル・シェンカーやウリ・ジョン・ロートを彷彿とさせる叙情的なメロディを奏でるギタープレイが特徴。
- イギリス人の父、スウェーデン人の母のもと、イギリスのロンドンで生まれ、スウェーデン・ハルムスタッドで育つ。十代でギターを初め、パンク・ハードコア・スラッシュメタルの楽曲をコピーしながら腕を磨いた。
- 1988年、後にアーチ・エネミーでも同僚となるヨハン・リーヴァらとデスメタルバンド「カーネイジ」を結成。アルバム1枚を作るが、リリースを待たずにバンドは解散した。
- 1990年、エクストリーム・メタルバンドの「カーカス」へ加入。『屍体愛好癖』(1991年)、『ハートワーク』(1993年)の2枚のアルバムでリードギターと作曲を担当した[1]。
- 1993年、「自分がやりたい音楽をやるため」にカーカスを脱退し、「スピリチュアル・ベガーズ」を結成。ブラック・サバスやアイアン・メイデン、レッド・ツェッペリン、シン・リジィといったマイケル自身が好むバンドのテイストを盛り込んだハードロックを志向する[2]。
- 1995年、これと並行して、メロディックデスメタルバンド「アーチ・エネミー」を立ち上げる[3]。当時はアルバムを1枚リリースして終了するプロジェクトバンドの予定だった。
- 1997年、前年に発表した『ブラック・アース』(1996年)に伴い、この年にカテドラルの前座として初来日公演を行う。当時の観客の熱いリアクションを目の当たりにし、成功への大きな手ごたえを感じたマイケルは、アーチ・エネミーの続行を決意。後に世界でも徐々に成功の道を歩む。それに伴い、活動のウェイトが徐々にスピリチュアル・ベガーズからこちらに置かれるようなる。
- 1998年、マイケルがメイン・ギタリストとして参加したキャンドルマスのアルバム『暗黒への飛翔』がリリースされたが、最終的には1作限りでキャンドルマスを脱退した[4]。
- 2008年、カーカスの再結成に参加し、北欧・北米・南米・アジアを含む世界ツアーを敢行した。
- 2012年、アーチ・エネミーでの活動に専念するため、再結成時より同バンドに参加していたダニエル・アーランドソンと共にカーカスを脱退。
- 2016年、アーチ・エネミー創設メンバー ヨハン・リーヴァ(Vo)・クリストファー・アモット(G)らと、デビュー20周年のプロジェクト「ブラック・アース」を開始。同5月に来日公演を開催[5]。
使用機材
- アーチ・エネミーでは、ESP製V字シェイプのシグネチャーモデル、「Ninja(ニンジャ)」を使用。これはギブソン製のフライングVよりもソリッドなシェイプで、ピックガードはミラー仕様である。ピックアップはセイモア・ダンカン製。2007年のツアーから黒や赤のピックガードなしのタイプも使用。
- スピリチュアル・ベガーズでは、同じくESPの白色Vシェイプを使用。Vシェイプに関してはマイケル・シェンカーからの影響を公言している。形状やピックガードに多少の違いはあるものの基本的スペックは同じで、バンドによって色違いのギターを使い分けていると言える。ただし、この白色のギターをアーチ・エネミーで使用する曲もある。(Revonousのプロモーションビデオで見ることが出来る)
- 彼のギターは2音下げチューニングが基本である。これにより弦のテンションが下がり、十八番とも言える泣きのヴィブラートで繊細なコントロールが可能になっている。なお、カーカス時代やアーチ・エネミーの『バーニング・ブリッジズ』の頃までは2音半下げチューニングであったが、それ以前から音下げの効果も知らずに彼はこのようなチューニングを行っていたらしい。一時は「5音下げ」であったとインタビューで語っているが、これは冗談である可能性が高い。
