マイケル・トンプソン (格闘家)
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1984年、極真会館主催の第3回全世界空手道選手権大会出場。4回戦で中村誠と対戦。合計5回の延長戦にまでもつれ込み、惜敗。中村は優勝するが、トンプソンはこの試合で評価を上げた。
1987年、第4回全世界空手道選手権大会で4位入賞。
1991年、極真空手ヨーロッパ選手権の決勝戦でアンディ・フグに勝利し、優勝を果たした。
1992年、師であるスティーブ・アニールの極真会館の離脱に巻き込まれ[要出典]、マイケル自身も極真会館から脱退した。
1993年4月30日、K-1初開催となったK-1 GRAND PRIX '93で金泰泳とスピリットカラテルールで対戦し、判定負け。
1993年10月3日、カラテワールドカップ '93の準々決勝で金泰泳と再戦し、体重判定で敗れた。
1994年3月4日、K-1 CHALLENGEで初のキックボクシングルールでギャリー・サンドランドと対戦し、右中段後ろ回し蹴りでKO勝ち。
1994年9月18日、K-1 REVENGEにてチャンプア・ゲッソンリットと対戦。3R開始直後、左後ろ回し蹴り一撃でKO勝ちを収めた。この際チャンプアは小腸断裂で病院送りになった。[要出典]
1994年10月2日、カラテワールドカップ '94の決勝でサム・グレコと対戦し、右中段突きで一本負け。