マイケル・ベリー (第3代キャムローズ子爵)
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初代キャムローズ子爵ウィリアム・ベリーとメアリー・アグネス・コーンズ(Mary Agnes Corns、生年未詳 - 1962年10月9日、トマス・コーンズの長女)の次男として生まれた[1][2][3]。
イートン校に学んだのち、オックスフォード大学クライスト・チャーチ・カレッジに進学、1933年には修士号を、1954年には学士号をそれぞれ修了した[3]。修士号取得後は、『グラスゴー・サンデー・メール』や『フィナンシャル・タイムズ』各紙の編集を務めた[1][3]。学士取得直後の1954年に出版社『アマルガメイティド・プレス』取締役に就任した[1][3]。同時に父兄が事業を行う新聞『デイリー・テレグラフ』及び『サンデー・テレグラフ』取締役兼編集長に就いて経営に参画、実業家コンラッド・ブラックが経営権を握る1986年までその地位にあった[1][3]。
1968年1月19日に連合王国一代貴族としてシティ・オブ・ロンドンにおけるピーターズバラ・コートのハートウェル男爵(Baron Hartwell, of Peterborough Court in the City of London)に叙された[1][2][3][4]。
また、兄ジョンの死去に伴ってキャムローズ子爵位を1995年2月15日に継承したが、同年3月9日に1963年貴族法に基づいて爵位一代放棄を行使した[註釈 2][1][5]。
2001年に89歳で亡くなった[1]。彼の死去により、ハートウェル男爵位は消滅、残る世俗爵位は息子エイドリアンが相続した[1][3]。