マイケル・ラター
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1933年、レバノンのブロムマナにて、医師の父と主婦の母のもとに生まれる。幼少期に家族でイギリスへ移住したが、1940年、第二次世界大戦によるドイツ軍の侵攻を恐れ、7歳の時に妹と共に北アメリカへ疎開し、里親のもとで4年間を過ごした。この間、アメリカ・ニュージャージー州のムーアズタウン・フレンズ・スクールに通った。戦後にイングランドへ戻り、ウルヴァーハンプトン・グラマー・スクールやヨークのブーサム・スクールで教育を受けた[2]。
バーミンガム大学で医学を学び、1956年に卒業。その後、神経学と小児科学の研修を経て、1961年から1962年までニューヨーク・ブロンクスのアルバート・アインシュタイン医科大学で小児科のレジデントを務めた。1966年にはロンドンの精神医学研究所(Institute of Psychiatry)に勤務し、モーズリー病院で精神科医としての研修を修了した。この研修期間中、オーブリー・ルイスの指導を受け、児童精神医学への関心を深めた。
1973年、イギリス初の「小児精神医学教授職」に任命され、以後55年間にわたりロンドン大学キングス・カレッジの精神医学・心理学・神経科学研究所に所属。発達障害、愛着障害、行動障害、自閉スペクトラム症(ASD)などの領域において研究を行った。1984年には同研究所にMRC児童精神医学研究ユニットを設立し、1994年にはMRC社会・遺伝・発達研究センター(SGDPセンター)を創設。初代所長に任命された。
2021年10月23日、がんのため死去。享年88歳[3]。