マイン-ネッカー線

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路線記号 3601, 3688(Sバーン緩行線)
フランクフルト - ハイデルベルク線
基本情報
ドイツの旗 ドイツ
起点 フランクフルト・アム・マイン
終点 ハイデルベルク
路線記号 3601, 3688(Sバーン緩行線)
路線番号 645.6(Sバーン), 650
開業 1846年
運営者 ドイツ鉄道
路線諸元
路線距離 87.5 km
軌間 1,435 mm
線路数 複線(フランクフルト中央駅 - フランクフルト・ルイザ駅、ダルムシュタット駅 - ハイデルベルク中央駅)
三線(ランゲン駅 - エーゲルスバッハ駅、エアツハウゼン駅 - ダルムシュタット駅)
複々線(フランクフルト南駅 - ランゲン駅、エーゲルスバッハ駅 - エルツハウゼン駅)
電化区間 全線
電化方式 交流15,000V 16.7Hz
最大勾配 20 ‰未満
保安装置 PZB
ETCS L2 (エーバーシュタット - ラーデンブルク)
最高速度 160 km/h
線路等級 D4
テンプレートを表示
停車場・施設・接続路線
tSTRe KBHFa KBHFa KBHFa
0.0 フランクフルト中央駅 1888~
ABZgr STR STR STR
ホンブルク線
STRr STR STR STR
マイン=ラーン線
STRq STRr STR STR
マイン線
STRq ABZq+l ABZgr STR
マイン - ヴェーゼル線
STR+r STR STR STR
KRZo KRZo KRZo xABZgr
タウヌス線
LSTR LSTR
DST SBHF
3.7 フランクフルト・ルイザ
LSTR LSTR
STR+l KRZu STRr
STR ABZgl STR+r
LSTR LSTR LSTR
SHST DST BHF
7.2 ノイイーゼンブルク
STR STR eABZgl
SHST DST BHF
10.7 ドライアイヒ・ブッフシュラク
LSTR LSTR LSTR
SHST STR
12.5 ランゲン飛行安全社
SBRÜCKE SBRÜCKE
B486
SBHF BHF
13.8 ランゲン S6終着駅
SBRÜCKE SBRÜCKE
B486
STRl KRZo STR+r
STR ÜST
STR SHST
16.7 エーゲルスバッハ
DST SHST
18.6 エルツハウゼン
STR ÜST
BUE BUE
STR SHST
20.8 ダルムシュタット・ヴィクスハウゼン
SBRÜCKE SBRÜCKE
B3
STR eBHF
22.0 旧アルハイルゲン
DST SBHF
22.6 ダルムシュタット・アルハイルゲン
LSTR LSTR
BHF S+BHF
27.8 ダルムシュタット中央駅 S6 (RMV) 終着駅
BS2l BS2r
LSTR
HST
29.9 ダルムシュタット南駅
LSTR
SKRZ-Au
アウトバーン5号
BHF
34.4 ダルムシュタット・エーバーシュタット
ABZgr
プフングシュタット線(プフングシュタット方面)
SKRZ-Au
アウトバーン5号
ABZg+l
軍基地連絡線
BHF
40.7 ビッケンバッハ(ベルクシュトラーセ)
eABZgl
旧ビッケンバッハ - ゼーハイム線
HST
42.9 ハェンライン=アルスバッハ
BHF
44.5 ツヴィンゲンベルク(ベルクシュトラーセ)
BHF
47.2 ベンスハイム・アウアーバッハ
BHF
49.5 ベンスハイム S5終着駅
STRo
国道B47
ABZgr
ニーベルンゲン線(ヴォルムス方面)
KMW
51.683
51.237
km変更
STRo
国道B460
eABZg+r
旧ニーベルンゲン線
BHF
53.7 ヘッペンハイム(ベルクシュトラーセ)
STR+GRZq
ヘッセン州 / バーデン=ヴュルテンベルク州
BHF
57.1 ラウデンバッハ(ベルクシュトラーセ)
BHF
59.4 ヘムスバッハ
HST
61.1 ヴァイハイム・ズルツバッハ
STR STR+l
ヴェシュニツ谷線(フュアト方面)
WBRÜCKE1 WBRÜCKE1
ヴェシュニツ川
BHF BHF
63.8 ヴァインハイム(ベルクシュトラーセ)
KRZu KRZu
マンハイム-ヴァインハイム線、国道3号
eKRZu eKRZu
旧マンハイム - ヴァインハイム線(~1912)
KRZu STRr
旧ヴァインハイム - ヴォルムス線
HST
67.0 ヴァインハイム・リュツェルザクセン
SKRZ-Au
アウトバーン5号
HST
69.2 へデスハイム=ヒルシュベルク
BHF
73.9 ラーデンブルク
hKRZWae
ネッカー川
eKRZo
旧マンハイム・クルプファルツ橋-ハイデルベルク線
KRZo
マンハイム・クルプファルツ橋-ハイデルベルク線
BHF
77.1 ノイエディンゲン=フリードリヒスフェルト
SKRZ-Au
アウトバーン656号
ABZgr
マンハイム連結線
BS2c3
貨物線
STR+r STR
バーデン本線 (S1, S2, S3, S4)
KRWg+l xKRWgr
ヴィーブリンゲン分岐点
SKRZ-Au exSKRZ-Au
自動車道A5
HST exSTR
84.0 ハイデルベルク・プファッフェングルント=ヴィーブリンゲン
eKRZu exSTRr
STR
バーデン本線
  • 出典: ドイツ鉄道地図[1]

マイン-ネッカー線 (マイン-ネッカーせん、ドイツ語; Main-Neckar-Eisenbahn) はドイツ連邦共和国ヘッセン州フランクフルト・アム・マインフランクフルト中央駅バーデン=ヴュルテンベルク州ハイデルベルクを結ぶ幹線鉄道である。この路線は開通当時にはフランクフルト自由市ヘッセン大公国バーデン大公国共通の国有鉄道(Kondominalbahn)であった。

マイン=ネッカー線の主な経由地はダルムシュタット、ベンスハイム、ヴァインハイムであり、列車はライン地溝帯にあるオーデンヴァルトの西側で走行する。

この路線はフランクフルト中央駅からすぐマンハイム - フランクフルト線と分岐し、マイン川上の鉄橋を経て続く。マイン=ネッカー橋はドイツの南北の貨物交通部門に特別な意味を持つ。フランクフルト - ハナウ線もこの橋を共有し、一日約600編の列車がこの橋を渡る。フランクフルト・ルイザ - ダルムシュタット間にはSバーン用線路が設置されており、三線或は四線の線路が運営されている。

歴史

建設過程

1900年当時のラーデンブルク鉄橋

路線選定の構想は、1833年にフリードリッヒ・リストはフランクフルト-マンハイム間の鉄道建設をすでに提案した事実から始まった。1836年1月31日にダルムシュタット鉄道会社(Darmstädter Eisenbahn-Gesellschaft)はフランクフルトおよびマインツからダルムシュタット経由でマンハイムに至る鉄道建設の目的で設立された[2]。1838年1月10日にフランクフルト自由市・ヘッセン大公国・バーデン大公国はマイン=ネッカー鉄道に関する条約を締結して、同年夏に事前調査が行われた。1841年にヘッセン鉄道会社の資金問題のため、計画の実行ができなかった[3]。1842年7月16日のヘッセンの法律により国家予算で鉄道を建設することが決定された[4]

1840年までタウヌス鉄道はフランクフルトで、バーデン本線はマンハイムおよびハイデルベルクですでに運用されていた。その状況に経路選択が本格化されて、フランクフルトの経路はタウヌス駅に至るべしであった。ダルムシュタット - マンハイム間の直線経路は使用されなくて、オーデンヴァルトの山すそベルクシュトラーセ地域に沿ってツヴィンゲンベルクおよびヴァインハイムが連結された[5]。バーデンでは、マンハイムとハイデルベルクの中間地点、フリードリヒスフェルトの接続は折衷案として採択された[6]。1843年3月25日に新しい条約は締結されて[5]、マイン=ネッカー鉄道会社(Main-Neckar-Eisenbahn-Gesellschaft, MNB)は設立されて共通国有鉄道の形態として規定された。バーデン本線は1600 mmの広軌ですでに建設されて[7]、バーデンは広軌建設を望んだが、それは4フィート8.5インチ軌間条件のため実現できなかった[5][8]

建設工事のために、三国は1843年6月に技術委員会を構成した。当時に度量衡は各国で異なったので、まずメートル法が導入された。また、曲線区間の半径を1000 mに、最大勾配は3.3 ‰にすることが委員会で確定された[9]。工事区間の地面は相対的に平坦で、のちのフランクフルト市内平和橋のマイン川鉄道橋とラーデンブルク鉄道橋が重大な構造物として必要であった[10]。ほかにエーバーシュタット駅舎および乗降場一部が高架橋の上に建てられた[11]。路線経路は本来複線用で整えられたが、実際の複線化は1860年から実現された。1846年6月14日にラーデンブルク鉄道橋南端 - ハイデルベルク間、同月22日にランゲン - ダルムシュタット - ヘッペンハイム間がそれぞれ開通された[12]。同年7月16日にマイン川鉄道橋南端 - ランゲン間の列車運行が開始された。1846年8月1日にヘッペンハイム - フリードリヒスフェルト間がネッカー川仮橋とともに開通されて[13]、1847年8月から貨物列車の運行が始まった[14]。初期にシャープ・スチュアート製機関車およびケスラー(のちのカールスルーエ機械工業)製機関車が投入された[15]

路線の改修と発展

1848年11月15日にマイン川鉄道橋のヴィルヘルム橋 (現在の平和橋) が完工されて、列車は旧マイン=ネッカー駅まで走行した[16]。1852年に最初のフイートストン電信機が導入された[17]。1866年プロイセンがフランクフルト自由市を併合し、プロイセン国有鉄道はフランクフルト部分を引き受けた。1882年四線複線のマイン=ネッカー新橋が既存の橋梁から約1000 m離れて、鋼鉄トラスの形で完工された。この橋を通じてフランクフルト新駅とルイザ駅間の新線が結ばれる。1888年フランクフルト新駅の開業によって、マイン=ネッカー旧橋はフランクフルト市に売却され、道路橋になった。

1896年プロイセン邦有鉄道はヘッセン大公国邦有鉄道の業務を引き受け、プロイセン=ヘッセン鉄道法人になった。従って本線のヘッセン区間もその会社に属することになった。1901年12月14日に締結されたフランクフルト自由市、ヘッセン大公国、バーデン大公国の条約によって、1902年に共同管理局 (Gemeinsame Direktion) は解散した。マイン=ネッカー鉄道の中にバーデン地域はバーデン国鉄へ、ヘッセン地域はプロイセン=ヘッセン鉄道法人とマインツ管理局へ分割された[18]。 プロイセン=ヘッセン鉄道法人によって一括的に運営された。1912年5月既存のマイン=ネッカー駅が移転され、ダルムシュタット中央駅として開業された。1927年マイン=ネッカー鉄道橋は鋼材トラス橋で新たに改修された。この工事で列車と船の通行は少ない影響だけを受けた。1945年戦争の最後の日々にマイン=ネッカー橋が爆撃によって破壊されたが、翌年復旧された。

1956年マンハイム・フリードリクスフェルト - ハイデルベルク区間が電化されて、翌年11月全区間の電化は完了した。

ドイツ鉄道時代

1997年フランクフルト - ダルムシュタット区間でSバーン線路増設がS3、S4系統の運行を長距離列車から分離する目的で行われた。フランクフルト - ランゲン区間及びエゲルスバッハ - エアツハウゼン区間は複々線で、残りの区間は長距離列車の複線とSバーンの単線となっている。ノイイーゼンブルク駅とランゲン駅は長距離列車用のホームが併設されているが、他の停車場のホームはSバーン線路側に移転された。

2022年12月にETCSレベル2は欧州横断交通網5号線 (Transeuropäische Verkehrsnetze, TEN-V) の一部に与えるダルムシュタット・エーバーシュタット - ラーデンブルク間に備えられて、実際に信号・保安装置は点制御装置水準で運用されている[19]

運行形態

遠距離輸送

ベンスハイム駅で停車するIC列車 (2009)

本線にはICE列車編が少なく、IC、EC列車編が優勢である。路線は南側にカールスルーエ、シュトゥットガルト方面、北側にカッセル、ハノーファー方面と連結されている。

  • ICE 50; ドレスデン中央駅 - ライプツィヒ中央駅 - エアフルト中央駅 - アイゼナッハ - フルダ - フランクフルト(マイン)中央駅 - ダルムシュタット中央駅 - ベンスハイム - マンハイム中央駅 - カイザースラウテルン中央駅 - ザーブリュッケン中央駅。一日1往復。
  • IC 26; ハンブルク・アルトナ - ハンブルク中央駅 - リュネブルク - ユルツェン - ツェレ - ハノーファー中央駅 - ゲーチンゲン - カッセル・ヴィルヘルムスホェエー - ヴァベルン(カッセル) - トライザー - マールブルク(ラーン) - ギーセン - フリードベルク(ヘッセン)- フランクフルト(マイン)中央駅 - ダルムシュタット中央駅 - ベンスハイム - ヴァインハイム(ベルクシュトラーセ) - ハイデルベルク中央駅 - ブルクサル - カールスルーエ中央駅。120分間隔。
  • IC/EC 62; フランクフルト(マイン)中央駅 - ダルムシュタット中央駅 - ベンスハイム - ヴァインハイム(ベルクシュトラーセ) - ハイデルベルク中央駅 - シュトゥットガルト中央駅 - ウルム中央駅 - ギュンツブルク - アウクスブルク中央駅 - ミュンヘン中央駅 - ミュンヘン東駅 - ローゼンハイム - トラウンシュタイン - フライラッシング - ザルツブルク中央駅 - ビショフスホーフェン - シュヴァルツァッハ=聖ファイト - マルニッツ=オーバーフェラッハ - シュピタル=ミルシュタェターゼー - フィラッハ中央駅 - クラーゲンフルト中央駅。120分間隔。

地域輸送

ベンスハイム駅で停車するハイデルベルク行き普通列車 (2009)

フランクフルト - ハェンライン=アルスバッハ区間の運賃制はライン=マイン運輸連合(Rhein-Main-Verkehrsverbund, RMV)により[20]、ツヴィンゲンベルク - ハイデルベルク区間の運賃制はライン=ネッカー運輸連合(Verkehrsverbund Rhein-Neckar, VRN)により管理されている[21]

  • 快速列車(RE 60); フランクフルト - ランゲン - ダルムシュタット - ビッケンバッハ - ツヴィンゲンベルク - ベンスハイム - ヘッペンハイム - ヘムスバッハ - ヴァインハイム - ラーデンブルク - ノイエディンゲン=フリードリクスフェルト - マンハイム。60分ごとに運行[22]。使用車両はDB446形電車。過去の使用車両はDB111形電気機関車とn-Wagen或はDB146形電気機関車と制御装置付きの二階建て客車であった。
  • 普通列車(RB 61); フランクフルト - ノイイゼンブルク - ドライアイヒ・ブーフシュラーク - ロェーダーマルクト・オーバーローデン-ディーブルク。60分ごとに運行。
  • 普通列車(RB 66); プフンクシュタット - ダルムシュタット・エバーシュタット - ダルムシュタット。60/120分間隔。私設鉄道のVIAS所属。使用車両はボンバルディア社のイティノ気動車。
  • 普通列車(RB 68); フランクフルト - ランゲン - ダルムシュタット - ダルムシュタット南駅 - エバーシュタット - ビッケンバッハ - ヘーンライン=アルスバッハ - ツヴィンゲンベルク - アウアーバッハ - ベンスハイム - ヘッペンハイム - ラウデンバッハ - ヘムスバッハ - ズルツバッハ - ヴァインハイム - リュツェルザクセン - ヘッデスハイム=ヒルシュベルク - ラーデンブルク - ノイエディンゲン=フリードリクスフェルト - プファッフェングルント=ヴィーブリンゲン - ハイデルベルク中央駅(- ヴィースロッホド=ヴァルドルフ)。60分ごとに運行[22]。使用車両はRE60と同じ。
  • Sバーン(ライン・マインSバーンのS6): (フリートベルク -)グロースカルベン - バートフィルベル - フランクフルト西駅 - フランクフルト - フランクフルト市内線経由 - フランクフルト南駅 - ルイザ - ノイイゼンブルク - ドライアイヒ・ブーフシュラーク - ランゲン飛行安全社駅 - ランゲン(- エーゲルスバッハ - エルツハウゼン - ヴィクスハウゼン - アルハイルゲン - ダルムシュタット)。15分/30分ごとに運行[23]。使用車両はDB423形電車
  • Sバーン(S 5); ベンスハイム - ヘッペンハイム - ラウデンバッハ - ヘムスバッハ - ズルツバッハ - ヴァインハイム - ヘッデスハイム=ヒルシュベルク - ラーデンブルク - ノイエディンゲン=フリードリクスフェルト - マンハイム - ルートヴィヒスハーフェン - フランケンタール - ヴォルムス - マインツ。60分ごとに運行[22]。使用車両はDB425形電車あるいはDB463形電車

貨物輸送

ライン=ネッカー線を通過するほとんどの貨物列車は国内輸送も国際輸送も担当する。この路線はジェノヴァ - ロッテルダム区間の軸を構成するが、一部の列車はマンハイム操車場からフランクフルト方面に走行する。貨物の引き渡しはダルムシュタット貨物駅で行われている。

脚注

参考文献

外部リンク

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