マギー・ベル

From Wikipedia, the free encyclopedia

マギー・ベル
Maggie Bell
マギー・ベル(左、1970年)
基本情報
生誕 (1945-01-12) 1945年1月12日(81歳)
出身地 スコットランドの旗 スコットランド グラスゴー
ジャンル R&Bブルースロックブルースロック
職業 シンガーソングライター
担当楽器 ボーカル
活動期間 1967年 -
共同作業者 ストーン・ザ・クロウズ
公式サイト maggiebell.co.uk
マギー・ベル (左)。1970年のストーン・ザ・クロウズのコンサートにて。

マギー・ベルMaggie Bell1945年1月12日 - )は、スコットランド出身のロックボーカリスト。1969年から1973年までブルース・ロック・バンドストーン・ザ・クロウズ、その後はソロで活動した。

「イギリスのジャニス・ジョプリン」の異名をとった[1][出典無効]

1969年、恋人のレスリー・ハーヴェイ[注釈 1](ギター)らとパワーを結成してグラスゴーを中心に活動。パワーはマネージメント契約を結んだピーター・グラントの案で、ストーン・ザ・クロウズと改名してデビューした[2]

ベルは1971年、ロッド・スチュワートのアルバム『エヴリ・ピクチャー・テルズ・ア・ストーリー』の制作に客演。1972年には、ロンドン交響楽団イギリス室内合唱団のアルバムトミー』の制作に参加し、12月のコンサートでも独唱した[注釈 2][3]

1972年5月、ハーヴェイがスウォンジーでのコンサートで感電死する[注釈 3]と、彼等は6月にスコットランド出身のギタリストで元サンダークラップ・ニューマンジミー・マカロック[注釈 4]を迎えて活動を続けたが、1973年6月に解散した。

彼女は引き続いてグラントのマネージメントの下で活動して、ソロ・アルバム『クイーン・オブ・ザ・ナイト』(1974年)、『熟れた果実』(1975年)、彼がマネージメントするミッドナイト・フライヤーのアルバム『真夜中の罠』(1981年)をレコーディングした。

ケン・ラッセルが監督を務めた映画『クライム・オブ・パッション』(1984年)の主題歌『イッツ・ア・ラブリー・ライフ』を歌った。

ディスコグラフィ

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI