マシュー・ウィルソン
From Wikipedia, the free encyclopedia

マシューはイギリスラリー選手権 (BRC) のチャンピオン経験を持つ父マルコムのコ・ドライバーを務めたところからラリー競技に参加し始めた。イギリスラリー選手権 (BRC) を経て、2006年にはマルコムが率いるストバートVK・フォードラリーチーム(フォードのセカンドチーム)から世界ラリー選手権 (WRC) にフル参戦を開始する。同年のラリー・アルゼンチンで8位初入賞し、WRCの最年少入賞記録(19歳3カ月)をつくる[1]。
WRCにおける最高成績は2007年のラリージャパン、2011年のラリー・オーストラリアにおける4位である。
2012年は支援を続けていたストバートが撤退しWRC参戦継続が危ぶまれたが、チームメイトのヘニング・ソルベルグとともにアメリカのエナジードリンク「ゴーファスト(Go Fast)」の支援を受けてWRC参戦を続けられる事となった。開幕戦モンテカルロは11位で完走するもトレーニングで足首を負傷し、第2戦スウェーデンを断念した。その後足首は治るも資金不足に悩まされイベントに出場出来ない状態が続いたが、母国戦となったグレートブリテンにはMスポーツ・フォード・ワールドラリーチームからフィエスタRS WRCで出場し、総合8位でポイントを獲得した。
2013年はレギュラーシートを失ったが、体調不良により第2戦スウェーデンを欠場したナサール・アルアティヤの代役として、カタールMスポーツよりスポット参戦。しかし、第2レグで転倒し、再出走するも27位に終わった。
2014年のグレートブリテンにてWRC2クラスにスポット参戦して以来、ラリーへの出場機会は減っている。Mスポーツの事業拡大に伴い、Mスポーツとベントレーが共同開発したベントレー・コンチネンタルGT3のレースマネージメントに従事している[2]。2017年にはスコットランドの菓子メーカー「タノック (Tunnock's) 」をスポンサーに付けたフィエスタR5をドライブし、グレートブリテンにて3年ぶりにWRCに参戦した[3]。