マタスンタ
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ヨルダネスの『ゲティカ』によると、エウタリックとアマラスンタはアタラリックとマタスンタという二人の子をもうけた。エウタリックが早くに亡くなったため、テオドリックの後をアタラリックが継いだが、彼も若くして死去し、女王として即位したアマラスンタも間もなく反対派に敗れて幽閉、殺害された。マタスンタは新たな東ゴート王ウィティギスと結婚したが、東ローマ帝国の将軍ベリサリウスによって王国を奪われ、夫婦ともにコンスタンティノープルへ送られた。子が生まれないままウィティギスが死去すると、マタスンタはユスティニアヌス1世の従弟ゲルマヌスと再婚し、夫と同名の息子ゲルマヌスを生んだ。2人目の夫ゲルマヌスが死去した後は、マタスンタは再婚せず未亡人として余生を送った[2]。