マックス・テディ

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生誕 (1858-10-16) 1858年10月16日
ドイツ、ミュンヘン
死没 1924年8月13日(1924-08-13)(65歳没)
ドイツ、ポリング
マックス・テディ
Max Thedy
Carl Frithjof Smithによる肖像画 (c.1804)
生誕 (1858-10-16) 1858年10月16日
ドイツ、ミュンヘン
死没 1924年8月13日(1924-08-13)(65歳没)
ドイツ、ポリング
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マックス・テディ(Max Thedy)として知られているマキシミリアン・エドゥアルト・ガルス・テディ(Maximilian Eduard Gallus Thedy[1]1858年10月16日 - 1924年8月13日)は、ドイツの画家、版画家、イラストレーターである。

ミュンヘンで12人兄弟の末息子に生まれた[2] 。12歳になった1870年に両親が亡くなり、テディはハンブルク生まれの画家ゲオルク・フリードリヒ・ルイス・ラインハルト(Georg Friedrich Louis Reinhardt: 1819–1905)に引き取られ画家の修行を始めた。 1875年からミュンヘン美術院で学び[3]、24歳になった時に ヴァイマルのザクセン大公国美術アカデミー(Großherzoglich-Sächsische Kunstschule Weimar)の教授に任じられ[4]、この仕事を長く続けた。1901年にヴァイマル大公が亡くなった後、美術アカデミーの教育活動は低調になっていたが、1919年からヴァイマルの工芸学校バウハウスで教えた[5]。1921年に改組、再建された美術アカデミーの教授になったが[6]1924年にバイエルンのポリングで亡くなった[7]

テディが教えた学生にはフリードリヒ・フライシャー(Friedrich Fleischer: 1861-1938)やエルンスト・ビーダーマン(Ernst Biedermann: 1868-1928)、ゲオルク・ヤーン(1869-1940)、フリッツ・アマン(Fritz Amann: 1878-1969)、アルベルト・ヨハンセン(Albert Johannsen: 1890-1975) 、エリザベト・ティールマン(Elisabeth Thiermann: 1893-1983)、ルドルフ・シュミット=デトロフ(Rudolf Schmidt-Dethloff: 1900-1971)らがいる。病気のため美術修行を中断し1874年からザクセン大公国美術アカデミーで修行を再開したクリスティアン・ロールフス(1849-1938)も教えた。

1884年にベルリンの商人の娘と結婚した(妻の姉妹は肖像画家のフェルディナント・シャウス(Ferdinand Schauss)と結婚)[8]

作品

脚注

参考文献

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