マトコ・ミルイェヴィッチ

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本名 マトコ・ミハエル・ミルイェヴィッチ
Matko Mihael Miljević
愛称 Toto(トト)[1]
ラテン文字 Matko Miljević
マトコ・ミルイェヴィッチ
名前
本名 マトコ・ミハエル・ミルイェヴィッチ
Matko Mihael Miljević
愛称 Toto(トト)[1]
ラテン文字 Matko Miljević
基本情報
国籍 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 (2001-05-09) 2001年5月9日(23歳)
出身地 マイアミ
身長 180cm
体重 72kg
選手情報
ポジション MF / FW
利き足 右足
ユース
アルゼンチンの旗 ボカ・ジュニアーズ
2011-2018 アルゼンチンの旗 アルヘンティノス・ジュニアーズ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2018-2021 アルゼンチンの旗 アルヘンティノス・ジュニアーズ 5 (1)
2021-2023 カナダの旗 モントリオール 35 (2)
2024 アルゼンチンの旗 ニューウェルズ・オールドボーイズ 22 (2)
代表歴2
2017  アメリカ合衆国 U-16 4 (0)
2018-2019  アルゼンチン U-20 4 (2)
2020  アメリカ合衆国 U-20 2 (0)
2025- アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 2 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2025年1月6日現在。
2. 2025年1月22日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

マトコ・ミハエル・ミルイェヴィッチクロアチア語: Matko Mihael Miljević, 2001年5月9日 - )は、アメリカ合衆国出身のプロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダーフォワード

クラブ

ボカ・ジュニアーズの下部組織に短期間在籍した後、2011年にアルヘンティノス・ジュニアーズへと移った[2][3]。2018-19シーズン、11月から12月にかけて、リーグ戦ティグレ戦とウラカン戦でトップチームのメンバーとしてベンチ入りしたが、出場機会はなかった[4][5]。2019年4月28日、コパ・デ・ラ・スーペルリーガ英語版2回戦のサン・ロレンソ戦1stレグで試合終了間際に交代出場し、プロデビュー[6]。リーグ戦での初出場は2019年8月27日のウラカン戦[7]、初先発と初ゴールは同月31日のヒムナシア戦であった[8]

2021年8月20日、MLSモントリオールに3年半の契約で加入したことが発表された[3]

2023年9月18日、MLSはミルイェヴィッチが規約違反によりリーグに不利益を生じさせたとして、選手登録を抹消した。ケベック州のアマチュアリーグに偽名で出場し、相手選手の顔を殴ったと報じられている[9]

2024年2月6日、ニューウェルズ・オールドボーイズに加入した[10]

代表

アルゼンチン、アメリカ合衆国の代表資格を有している[11][12][13]

2017年のモンテギュー国際大会ではU-16アメリカ合衆国代表として、2018年8月のウルグアイとの親善試合にはU-20アルゼンチン代表として参加[1][11]。2019年7月には、ラルクディア国際サッカートーナメント英語版に出場し[14]、初戦のモーリタニア戦、2戦目のスペイン戦でそれぞれ得点を挙げた[15][16]。2019年8月、U-20アメリカ合衆国代表の監督を務めていたタブ・ラモスは9月に予定されていた親善試合にミルイェヴィッチを招集したが、アルヘンティノス・ジュニアーズはこれに応じなかった[17]。2020年1月8日、再び招集を受け、今回はU-20アメリカ合衆国代表への合流が認められ、メキシコとの親善試合2試合に出場した[18][19]

人物

祖父がバニャ・ルカの出身であり、クロアチアボスニア・ヘルツェゴビナにルーツを持つ[11]。両親はアルゼンチン人であるが、1998年から2002年にかけての経済危機の際にフロリダ州マイアミに移り住んでおり、ミルイェヴィッチはそこで生まれ、経済状況が落ち着いたころにアルゼンチンに戻っている[11][13]。2018年にクロアチア国籍の申請を始めた(ヨーロッパのクラブでのプレイを目指しており、EU加盟国では有利となる)[11]

若い頃からテコンドーの有力選手でもあり、2014年と2015年のアルゼンチン・オープンで優勝した経験を持つ[2][20]

個人成績

脚注

外部リンク

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