マドリード交響楽団
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1903年、自主運営の団体として設立された[1]。1905年からエンリケ・フェルナンデス・アルボスが、30年以上にわたり首席指揮者を務め、楽団の音楽的・組織的基盤をを築いた。この間、イーゴリ・ストラヴィンスキーやリヒャルト・シュトラウスといった著名な音楽家が客演している[2]。また、ファリャの交響的印象「スペインの庭の夜」 と、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番 の世界初演を行った[1]。
1936年に勃発したスペイン内戦により、楽団は活動停止に追い込まれた。内戦終結後、主要な奏者の多くが、1940年に設立されたスペイン国立管弦楽団に引き抜かれる[3]。この困難な時期にエンリケ・ホルダらが、楽団の灯を守るために指揮を執った[1]。
1958年、楽団は生き残りをかけテアトロ・デ・ラ・サルスエラの専属オーケストラとなり、活動の主軸をサルスエラのオーケストラ・ピットでの演奏へ移した[3]。その後、国立音楽堂での年次的なシンフォニー・コンサート・サイクルを再開させ、客演でペーター・マーク、クルト・ザンデルリング、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチといった国際的な指揮者を迎えるようになった[2][4]。
1925年以来閉鎖・改装中であったテアトロ・レアルがオペラハウスとして再開場し、1997年にそのレジデント・オーケストラに選ばれた。1999年にルイス・アントニオ・ガルシア・ナバロが首席指揮者に就任しその活動を本格化させた[3]。2002年からヘスス・ロペス=コボス、2015年からアイヴァー・ボルトン、2025年からグスターボ・ヒメノが首席指揮者を務める[5]。