マンマ・ミーア (ABBAの曲)
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「マンマ・ミーア」(日本での〔発売当時の〕旧カタカナ表記は「ママ・ミア」、更に言うとLP盤の帯でのカタカナ表記は、一番最初は「ママ・ミィア」であった[1])は、スウェーデンのポップグループABBAのシングル(楽曲)。ベニー・アンダーソン、ビョルン・ウルヴァース、スティッグ・アンダーソンが作詞し、ベニー・アンダーソンとビョルン・ウルヴァースが作曲した。アグネタ・フォルツコグとアンニ=フリッド・リングスタッドがリードボーカルを務めている。この曲は、グループの3枚目のアルバム、セルフタイトルの「ABBA」(1975年、日本での発売は少し後れて1976年1月25日)に収録された。アメリカ合衆国、英国等、国によってはオープニングトラックである(アナログ盤時代の日本でのオープニングトラックはこの曲ではなく、「SOS」[2])。この曲は、日本では1976年6月25日に彼等の3枚目のシングルとして、ディスコメイトレコードよりリリースされた。この曲は繰り返し浮気をする恋人との、くっついたり離れたりを繰り返す歌の主語(女性)の恋愛関係を描いている。曲名はイタリア語に由来し、文字通り「私の母親」という意味だが、驚き、苦悩、興奮などの状況でイタリア以外でも有名な間投詞「マンマ・ミーア! 」として使われる(英語の「Oh , my God !」に相当)。この曲は1974年の「恋のウォータールー」以来、ABBAにとってイギリスで初のナンバーワンヒットとなった。 曲を特徴づける冒頭の音はマリンバによるが、伝記作家のカール・マグナス・パームによると、この楽器音はレコーディングの土壇場で取り入れられた(ベニー・アンダーソンがスタジオでそれを偶然見つけ、その「チクタク」というリズムがこの曲にぴったりだと判断した後に追加された)。
日本でのこのシングルのB面は「ピープル・ニード・ラブ」である(これは世界的に見ても珍しい。「ヘイ・ヘイ・ヘレン」か「インテルメッツォ・ナンバー・ワン」〔彼等にしては珍しい、完全な器楽曲で「間奏曲第一番」の意。実質的にベニー・アンダーソンの制作で、ロックンロールとクラシック音楽のマッシュアップ、ハイブリッド作品〕が当時は普通であった)。「ローリング・ストーンが選ぶ『最も素晴らしいABBAの曲』」のランキングでは、この曲は第5位に選ばれた[3]。