マラジョ島には古くからインディオが住んでいた。その歴史の中に、400年頃から1300年頃まで栄えたマラジョ文化がある。マラジョ文化の遺物で特徴的なのはその彩色土器で、表面が、渦巻き形をともなう幾何学文様で覆われている。人々は墳墓を作り、大きな甕に死者を容れて葬った[3]。
ヨーロッパ人による島の発見はアマゾン川発見と同時で1500年、スペイン人航海者ビセンテ・ヤニェス・ピンソンによる。後にポルトガルの勢力下に置かれ、その領土となった。1616年にポルトガル人は対岸にベレンを築き、しだいに島の開発にも手をのばした。