マリア・ゴロスティエタ
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マリア・ゴロスティエタ María Gorrostieta | |
|---|---|
| 生誕 |
1976年 ミチョアカン州ティキチェオ市 |
| 失踪 |
2012年11月12日 ミチョアカン州ティキチェオ市 |
| 現況 | 死亡 |
| 死没 |
2012年11月15日(遺体発見日) 36歳没 |
| 死因 | 後頭部の外傷 |
| 遺体発見 |
ミチョアカン州クイツェオ市サン・フアン・タララメオ村 |
| 職業 | 医師(元市長) |
| 任期 | 2008年 - 2011年6月(任期満了) |
| 敵対者 | メキシコの麻薬カルテル |
| 配偶者 | 夫(死亡) |
| 子供 | 娘[1] |
マリア・サントス・ゴロスティエタ・サラサール(スペイン語: María Santos Gorrostieta Salazar、1976年 - 2012年11月15日(遺体発見日))は、メキシコのミチョアカン州ティキチェオ・デ・ニコラス・ロメーロの元首長[2]、医師。
2008年に、複数の麻薬カルテルが激しい縄張り争いを繰り広げていたミチョアカン州ティキチェオ・デ・ニコラス・ロメーロの首長に就任した。夫は同じティキチェオの首長を務めていた[要出典]ホセ・サンチェス・チャベス[3]。2011年6月に任期満了で首長を引退し、その後は病院に務めていた[4]。
1度目の暗殺未遂

市長に就任した翌年の2009年10月15日、同市の元市長だった夫と共に所有していた農場へ車で向かっていた所を、武装した集団に襲撃される。この襲撃で夫は死亡し、マリアも一命を取り留めたものの重傷を負った[5][3]。
2度目の暗殺未遂
夫が殺害された翌年の2010年1月22日、公用車で移動中に別の車から銃撃を受けた。この際も一命は取り留めたものの、再び重傷を負った。この事件でマリアは内臓を損傷した為、人工肛門での生活を強いられることとなった[5]
退院後に受けたテレビ取材で、今後も市長として「死ぬまで(麻薬カルテルと)戦う」と発言し、「戦う女市長」として世界的に報道された[1]。