マリア・ミース

From Wikipedia, the free encyclopedia

死没 (2023-05-15) 2023年5月15日(92歳没)
国籍 ドイツの旗 ドイツ
職業 社会学者
Maria Mies

マリア・ミース
生誕 (1931-02-06) 1931年2月6日
ドイツの旗 ドイツプロイセン自由州
死没 (2023-05-15) 2023年5月15日(92歳没)
国籍 ドイツの旗 ドイツ
職業 社会学者
活動期間 1963-
代表作 『世界システムと女性』
テンプレートを表示

マリア・ミース(Maria Mies、1931年2月6日[1] - 2023年5月15日[2])は、ドイツケルン応用科学大学社会学教授。

『国際分業と女性』『世界システムと女性』などの本を執筆。

1931年、ドイツプロイセン自由州生まれ[3]

1963年から1968年まで、インドゲーテインスティテュートで講師として勤務し、実地調査を行った[4]

1969年に帰国し、ドイツ・フェミニズムの代表的な担い手の一人となる。

1973年、『インド女性と家父長制』を発表。「教育を受けたインド女性たちの役割葛藤」をテーマに博士号を取得するためケルン大学に所属し、同じゼミナールでクラウディア・フォン・ヴェールホフ英語版と出会った[5]

1976年、ヴェールホフとともに暴力を受けた女性のための「女性の家」を設立、その後も女性学関連の雑誌を創刊するなど、様々な女性運動を組織した[5]

1979年から1981年まで、オランダハーグにある社会科学大学院大学英語版(ISS:Institute of Social Studies)で「女性と開発」プログラムを主宰[6]。フェミニズム、環境保護開発学についての本や多くの記事を執筆、方法論と経済学に対するオルタナティブなアプローチの発展に大きな関心を持っている。

1986年にサブシステンス・パースペクティブについて論じた『国際分業と女性 進行する主婦化』を出版[7]

1983年にクラウディア・フォン・ヴェールホフ、ヴェロニカ・ベンホルト-トムゼンと共著で『世界システムと女性』(ドイツ語版)を出版、1988年にその英語版がを出版[8]

1993年に教授職からは退いたが[6]、女性運動や社会運動の活動を続けている。Attacの女性ネットワークであるfeministAttacのメンバーである[9]。ヴェロニカ・ベンホルト-トムゼンと、投資に関する多国間協定についての本も出版している。

環境社会学者のショラル・ショルカル英語版と結婚している[10]

2023年5月15日に死去した[2]

著書

関連項目

脚注

Related Articles

Wikiwand AI