マルクノイキルヒェン

From Wikipedia, the free encyclopedia

Markneukirchen
マルクノイキルヒェン
市章
市章
市章
Coat of arms of マルクノイキルヒェン
Coordinates missing!
行政
ドイツ
ザクセン州
フォークトラント郡英語版
市区分DLB(ジーベンブルン駅)
市長(BürgermeisterToni Meinel[1]
基礎統計
面積69.06 km2 (26.66 sq mi)
標高504 m  (1654 ft)
人口 7,132 (2023年12月31日)[2]
 - 人口密度103 /km2 (267 /sq mi)
その他
標準時 CET/CEST (UTC+1/+2)
ナンバープレートV、AE、OVL、PL、RC
郵便番号08258
電話番号037422
ウェブサイトwww.markneukirchen.de/
左:ザクセン州とフォークトラント郡の位置、右:郡内の当市の位置

マルクノイキルヒェンドイツ語: Markneukirchen (IPA[ˌmaʁk.nɔʏˈkɪʁçn̩]))はドイツのザクセン州にある地方都市。所在するフォークトラント郡(Vogtlandkreis)でもチェコ国境に近い。隣国南西部のアシュ (チェコ) までは14 km (8.7 mi)、国内のプラウエンまでは北西に24 km (14.9 mi) である。一帯はフィヒテル山系のエルスター山(Elster Mountains)が広がる。

この都市は、小規模な楽器製造業者が集中するムージクウィンケル地区(ドイツ語: Musikwinkel)の中心に位置しており、400年にわたって高品質な金管楽器や木管楽器、弦楽器を送り出してきた[3]。この地区に本拠を置く製造業者と関連の企業は113件を数える。伝統的な製法を守り、世界各地から受注する。アーノルト・フォークト(Arnold Voigt)はこの町で職人として活躍した一人である。

市内の楽器博物館は1883年創立、創始者はオルガン奏者パウル・オットー・アピアン=ベネウィツ(Paul Otto Apian-Bennewitz 1847年–1892年)であった。この博物館の主催で国際楽器演奏コンクールならびに上級者研修会英語版が開かれる[4][5]。同コンクールは1993年以来、国際音楽コンクール世界連盟に加盟した。

市章

市の紋章はプラウエン・ヴォーグテ(プラウエンの領主)というモチーフの尾が二股で舌をたけだけしく突き出した左向きのライオン像を掲げ、これはプラウエン・ウント・アードルフ(Adorf)と共通する。

提携都市

博物館

マルクノイキルヒェン楽器博物館を1883年に創設した人物はパウル・オットー・アピアン=ベネウィツという人物で、オルガン奏者で音楽教師だった。19世紀末の当時、ヨーロッパのさまざまな国やアメリカ合衆国と貿易が盛んになり、オーケストラ用の楽器製造が拡大して地域は潤っていた。アピアン=ベネウィツは演奏家であり、ヨーロッパのクラシック音楽と民族音楽の一連の楽器を教育しようと構想した。

当館が所在する後期バロック様式のタウンハウスは「パウルス・シュロッシェン」(: Paulus-Schlösschen=パウルの小さな城)と通称される。現在の収蔵品は3100点超を数え、ヨーロッパとアジア、アフリカとアメリカ、オーストラリアを起源とする楽器を集めた。コレクションの中心は17世紀から現代にいたる楽器の発展史を体現しており、マルクノイキルヒェンの近隣地域で収集したものが占める。来館者はこの60年で合計300万人にのぼる。

交通機関

かつて、ジーベンブルンの近くにケムニッツ・アードルフ鉄道英語版ドイツ語版が開通し、この都市の最寄り駅ができた。その後1909年に、ジーベンブルン–エルバッハ間に盲腸線(: Stichbahn)が開通して、市の中心部の郵便局にほど近い駅舎を利用できるようになる。ところが同駅は1975年に廃止されて以降、鉄道路線を運行する私鉄のDLB(Die Länderbahn)のジーベンブルン駅が最寄り駅である。

教育

著名な人々

ギャラリー

参考文献

  • 藤野 一夫「楽器製作者のネットワークに培われたドイツの辺境地方ーマルクノイキルヒエンとその周辺」『ヘリテージマネジメント』第2022号、231-235頁、CRID 1010861618212142852 

脚注

関連資料

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI