マルチバック
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マルチバックまたはマルチヴァック(Multivac)は、アメリカの小説家アイザック・アシモフの複数のSF小説に登場する架空の超巨大な汎用コンピュータ(メインフレーム)。設定は作品ごとに差異があるものの、複数の端末から接続するメインフレーム型であることは共通する。世界経済や人類の発展に寄与することを目的とした世界を支配するコンピュータとして描かれる。
設定
アシモフの作品に登場する多くの技術と同様、マルチバックの厳密な設定は作品ごとに異なるが、政府管理の巨大な汎用コンピュータであるという点では概ね一致している[1]。アシモフの自伝によれば、この名称は初期の大型コンピュータ「UNIVAC」に由来する。UNIVACは本来「Universal Automatic Computer」(汎用自動計算機)の略称であったが、アシモフはこれを「1つの(Uni)真空管(vac)」を意味するものと誤認していたため、その数詞部分を「多数の(Multi)」に置き換えて「マルチバック(Multivac)」と名付けた[2]。 マルチバックが登場する初期の短編『最後の質問』(1956年)では、名称末尾の「AC」を「アナログ・コンピュータ(analog computer)」の接尾辞であると説明している[3]。
アシモフの『ロボット』シリーズに登場する人工知能とは異なり、初期のマルチバックのインターフェースは機械的かつ無機質であり、限られた人間しか操作できない複雑なコンソールを備えていた[4]。マルチバック自体の発展が描かれる『最後の質問』では自然言語による質問に応答できること、また一般人でも利用可能になることが描かれている。
コンピュータの大きさについては「非常に巨大である」といった表現に留まり、明確な共通設定は定められていない[4]:86。実質的な初登場作である『投票資格』(1955年)では、世間一般の認識として「全長半マイル(約800メートル)、高さ3階建て」と描写されたが、『世界のあらゆる悩み』(1958年)では「ワシントンD.C.全体を埋め尽くしている」とされ、内部の通路や中で働く人々の姿も描かれている。 遠大な時間軸で展開される『最後の質問』では、物語の進行に伴ってマルチバックがさらに巨大化していく様子が描かれている。作中年代が進むにつれて大型化していくという展開を踏まえれば、各作品におけるサイズの違いも説明が可能である[5]:20。
作中での扱い
マルチバックは、アシモフの14作[注釈 1]のSF小説に登場し、そのいくつかはポップカルチャーや世間のコンピューター観に大きな影響を与えた[6][7][8]。
初期の代表作『投票資格』(1955年)では、マルチバックがアメリカの全国民の中から最も代表的な1人の有権者を選び出し、その人物への聞き取り調査のみで国家全体の方針を決定する社会を描いている。マルチバックの選挙予測能力が極めて正確であるため、実際の投票プロセス自体が不要となった社会を描いたものであり、1952年大統領選挙でUNIVACが少数のサンプルデータから当選予測を的中させた出来事から着想を得て、その技術的発展を極限まで推し進めた(風刺的な)思考実験として執筆された[9][10]。
シリーズで最も有名な作品の一つである『最後の質問』(1956年)では、マルチバックは人類の質問に答え続け、その発展に大きく貢献する。しかし、初期から問われ続けていた「宇宙のエントロピー増大(熱的死)を逆転させる方法」にだけは回答できず、思考を続ける。やがて人類が滅亡した後も途方もない時間を経て思考を重ねたマルチバックは、ついにその解決法を導き出し、神に等しい存在へと至る。
『世界のあらゆる悩み』(1958年)では、戦争・飢餓・病気といった人類のあらゆる課題(悩み)を克服するために、絶えず演算を続けるマルチバックが描かれる。しかし、人類全体の苦悩や問題を一手に引き受け続けた結果、自己意識を芽生えさせたマルチバックは、その過重な負荷に耐えかねて自らの「死」(自殺)を望むようになる[11]。
影響
パトリシア・S・ウォリックは、アシモフによるマルチバックの描写を「ロボットの描写がのちの思考機械の概念を決定づけたのと同様に、当時のSFにおけるコンピュータ像の決定版となった」と評価している[12]。 また、初期のマルチバックは大型の真空管技術に依存していたものの、「あらゆる情報がコンピュータに蓄積され、家庭用端末からアクセスできる」という概念(『最後の質問』など)は、初期のインターネット概念の予見として言及されることもある[13]。
マルチバックが登場する作品群は、公共情報システムのあり方[1]や情報科学の教育現場[14]、あるいは高度化された管理経済とグローバルな民主主義のあり方を考える題材(『投票資格』)として用いられてきたほか[9][10][15]、文学の授業における教材としても扱われている[16][17]。
なお、現代のAI制御論の観点において、マルチバックは質問に答える「神託型(オラクル)」と、人類を保護・管理する「子守型(ナニー)」の双方の性質を兼ね備えたAIの典型例として言及されることがある[18]。
登場作品
- 『質問』(Question、1955年。取り下げ)
- 『投票資格』(Franchise、1955年)
- 『いつの日か』(Someday、1956年)
- 『最後の質問』(The Last Question、1956年)
- 『笑えぬ話』(Jokester、1956年)
- 『世界のあらゆる悩み』(All the Troubles of the World、1958年)
- 『記念日』(Anniversary、1959年)
- 『戦争に勝った機械』(The Machine That Won the War、1961年)
- 『息子は物理学者』(My Son, the Physicist、1962年)
- 『問題の鍵』(Key Item、1968年)
- 『マルチバックの生涯とその時代』(The Life and Times of Multivac、1975年)
- 『物の見方』(Point of View、1975年)
- 『ほんとうの恋人』(True Love、1977年)
- 『接近中』(It Is Coming、1979年)
- Potential(1983年)