マルチン・ボシレフスキ
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13歳の時に手に入れたキース・ジャレットのアルバムに感銘し、強い影響を受ける。ポーランド・コシャリンの音楽学校で同年のスワヴォミル・クルキエヴィッツ(ベース)とセッションするようになり、後にミハウ・ミスキエヴィッツ(ドラム)が加入し、「シンプル・アコースティック・トリオ」(SAT)を結成。1993年のジャズ・ジャンポリー・フィスティヴァルで高く評価され、1994年にトランペッターのトーマス・スタンコとのセッションに加わる。1994年にSATはクシシュトフ・コメダの作品集『コメダ』でアルバム・デビュー(後にこのアルバムに1曲を追加して『ララバイ・フォー・ローズマリー』のタイトルで再発している)。
2000年発表のアルバム『HABANERA』は、日本でもヒットする。2001年にスタンコのアルバム『ソウル・オブ・シングス』をECMレーベルで録音し、キャリアを重ねていく。そして、ECMの創設者でプロデューサーのマンフレート・アイヒャーとの知遇を得て、2004年にオスロのレインボー・スタジオで録音。翌年にアルバム『トリオ』を発表。同時期にドラマーのマヌ・カッチェのアルバム『ネイバーフッド』(2005年)や『プレイグラウンド』(2007年)の録音にも参加している。2007年には新たにマルチン・ボシレフスキ・トリオ名義でアルバム『シネマ・パラディーゾ』を、2010年には『フェイスフル』を発表。このアルバムを発表する前までの間にスタンコのバンドを離れ、トリオで活動している[2]。2014年にはスウェーデンのサックス奏者、ヨアキム・ミルダーをゲストに迎えたアルバム『Spark of Life』を発表。
