マレー非連合州

イギリス保護領であったマレー半島の地域 From Wikipedia, the free encyclopedia

マレー非連合州(マレーひれんごうしゅう、英語: Unfederated Malay States)は20世紀前半から半ばにかけてのマレー半島に存在した、5つのイギリス保護領の総称。ジョホール州ケダ州クランタン州プルリス州およびトレンガヌ州で構成されていた。 隣接するマレー連合州とは違い、統一された行政機構や共通制度を有しておらず、また各州は名目上独立を保ちつつも個別にイギリスの監督下にある保護州として機能し、国際法上は単一の主権として認められていなかった[1][2]

概要 マレー非連合州, 言語 ...
マレー非連合州
Unfederated Malay States (英語)
Negeri-Negeri Melayu Tidak Bersekutu (マレー語)
マレー非連合州の位置
1922年のマレーの地図。青色がマレー非連合州。
言語 英語
マレー語
中国語
タミル語
宗教 イスラム教スンニ派
首都 なし
君主
1909年 - 1910年 エドワード7世
1936年 - 1946年 ジョージ6世
変遷
アングロ・サム条約英語版 1909年7月9日
日本による占領 1942年2月15日 ‐ 1945年9月2日
日本の降伏 1945年9月2日
マラヤ連合発足 1946年4月1日
通貨 海峡ドル英語版
(1909年 - 1939年)

マラヤ・ドル英語版
(1939年 - 1946年)
現在 マレーシアの旗 マレーシア
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歴史

行政と公用語

植民地行政の最高責任者は「顧問(Advisor)」と称された。連合州に比べ、非連合州はより大きな自治権を有していた。 また、非連合州における事実上の公用語ジャウィ文字表記のマレー語であった[1][2]

脚注

関連項目

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