マーリク・ブン・カイダル
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マーリク・ブン・カイダル(アラビア語: مالك بن كيدر, ラテン文字転写: Mālik b. Kaydar, 848年没)は、9世紀のアッバース朝に仕えたソグディアナ出身[1]の軍人である。
マーリクはカイダル・ブン・アブドゥッラーの息子であり、ムザッファル・ブン・カイダルの兄弟にあたる。838年に行われたビザンツ帝国のアモリオンに対する遠征ではトルコ人の将軍であるアシナースの下で従軍し、アッバース朝軍から逃れた多くのアンキュラの住民を追跡して捕縛する任務を担った[2]。839年にはアシナースがマーリクをエジプトの総督代理に指名し、そのマーリクの統治は15世紀の年代記作家であるイブン・タグリービルディーによって称賛されている。マーリクは総督代理の職を2年余り務めたのち、841年にアシナースによって解任され、アリー・ブン・ヤフヤー・アル=アルマニーが後任となった。その後、848年にアレクサンドリアで死去した[3][4]。