アンカーの自画像、(家族と) ミカエル・アンカー作[妻アンナと娘ヘルガのいる自画像]1891年頃
バルト海のデンマーク領の島、ボーンホルム島のRutskerで生まれた。島内の町、レネ(Rønne)で学ぶが貧しさから卒業しないで、16歳からユトランド東部のカルー(Kalø)で働き始めた[1]。1865年の夏にKalø Vigを訪れた、デンマークの印象派の画家、テオドア・フィリップセン(Theodor Philipsen)やグロート(Vilhelm Groth)と出会ったことで画家を志すことになった。1871年に美術史家Julius Langesから勧められて、その秋美術学校に入学した。仲間の画家、カール・マッセン(Karl Madsen 1855-1938)に誘われて1874年に初めて スケーエンを訪れた[2]。1875年に美術学校を止め、スケーエンで活動することになった[3]。1880年に仲間の画家で、スケーエン出身のアンナ・アンカーと結婚した。
1880年代にスケーエンはフランス印象派に影響を受けて、戸外制作をする、デンマークや北欧の画家たちの集まる場所となったが、アンカーの画風はより古典的なものであった。
ミカエルとアンナが暮らした、家とアトリエは歴史的建造物、アンカーハウス(Anchers Hus)として、博物館となっている。娘のヘルガ・アンカー(Helga Ancher)も画家となった。
ミカエルとアンナのアンカー夫妻の肖像はデンマークで1998年から発行された1000クローネ紙幣(2004年に改変された紙幣にも)の図柄に採用された。