ミヤスズ
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1963年(昭和38年)7月(9月とも)、銚子銀座(新生町付近)に開店したスーパーマーケットみやすずがはじまりである[4][5][6][7]。まだスーパーマーケットが一般的ではなかった時代であり、当時の銚子には同じく銚子銀座の「ごうぶん」と清水町の「三洋」があるのみであったが、みやすずが開店すると程なくしてごうぶんは閉店、三洋も数年後には閉店した[5]。銚子市のスーパーマーケット黎明期の競争を勝ち抜いたミヤスズは地域のローカルスーパーとしての地位を確立していくこととなる[5]。
後にシジシージャパンに加盟したものの、当時各地のローカルスーパーの買収やフランチャイズ契約・業務提携などを進めていたダイエーの傘下に入る[8][9][10][11][12][13][14]。シジシージャパンはこうした引き抜きへの対抗策として1980年(昭和55年)にダイエーと提携し、共同仕入会社「グローリー」を設立する[13]。ダイエー傘下後にシジシージャパンから脱退したかどうかは判明していないが、1996年(平成8年)のシジシージャパン加盟店一覧には銚子と八街のミヤスズ[15]が存在している[16][17]。

1979年(昭和54年)10月6日に銚子市中心部の双葉町に開業したショッピングセンター「シティオ」の核テナントとして入居し、旭市や八日市場市(現在の匝瑳市)などに中規模店を展開するなど順調に店舗数を増やし、1994年には27店舗が存在した[1][4][18][19][20]。しかし競争の激化により前述の八街のミヤスズは2002年(平成14年)に倒産する[21]。銚子のミヤスズも2010年(平成22年)に破綻し、同年12月に千葉県中小企業再生支援協議会の支援を受け負債を除いた事業を引き継いだ新会社で再出発することとなる[22]。しかし、前会社の倒産によって生じた信用不安によって設備更新や取引が円滑に進まず更に不採算店舗が増加することとなり、再出発のわずか3年後の2013年(平成25年)9月17日に東京地方裁判所に自己破産の申し立てを行い倒産、同時に当時運営していた全13店舗が閉店した[3][22][23]。
なお、ミヤスズが核テナントとして入居していたショッピングセンター「シティオ」は2011年(平成23年)1月31日に閉店し[23]、跡地は大規模遊技施設として再開発されている。
店舗一覧
- 三崎店
- チャオ店
- 旬鮮市場横須賀店
- 旭店
- 新生店
- 駅前店
- 神崎店
- 海上店
- 須田店
- 外川東店
- 多古南店
- 笠上店
- 飯岡店
- 清水店
- 松林店
- 榎戸店
- 八街本店
- 横芝店
- 蓮沼店
- 小見川店
- シティオ店
