ミランダ・カー
オーストラリアのファッションモデル
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来歴
オーストラリアのシドニーに生まれ、ガネダで育つ。1997年に雑誌『ドーリー』のオーディションで優勝するも、13歳という若さからオーストラリア国内で議論が起こるに至り、学業を優先しながらモデル活動を開始。高校卒業後ニューヨークへ移り、2004年にモデル事務所のネクストと契約。
カーの経歴は、2004年にカメラマンのエリック・セバン・マイヤーとともに手がけたオーバー・ジーンズ・パリのキャンペーン広告から始まった。(下記写真)
- Miranda Kerr © 2003 Erick Seban-Meyer
2006年におけるメイベリン・ニューヨークからのキャンペーンモデル起用がきっかけとなって人気が急上昇[7]。さらにオーストラリア人モデルとして初めてヴィクトリアズ・シークレットに起用され、ヴィクトリアズ・シークレット・エンジェルとなる。2007年のフォーブス誌による「モデル所得番付」では10位にランクインした。
カニエ・ウェストやファレルのシングル「ナンバー・ワン」のミュージックビデオに出演。また、コメディドラマ『ハウ・アイ・メット・ユア・マザー』に出演。スキンケア・ブランド「KORA Organics」を立ち上げている。

広告
2006年、ヴィクトリアズ・シークレットのファッションショーに初出演。わずか1年で同ブランドのエンジェルに昇格。2012年のファッションショーまでキャンペーンに参加し、ひときわ輝くエンジェルとして存在を確かなものにし続けていた[14]
ほかにも、アーデン・ビー(2007年)、クリニーク(香水、同年)、プラダ(2010年)など各種ブランドの広告モデルを担ってきた[15]。
2012年には地元オーストラリアの航空会社カンタス航空の大使に就任[16]。さらに日本のファッションブランド「サマンサタバサ」からモデルに起用される[17]。松本恵奈のファッションブランド「エモダ(EMODA)」からのイメージモデル起用(2012年秋冬季)もあり、9月よりさっそく同ブランドのカタログに登場[18]。このカタログ上の自身の写真は全てが撮りおろしによるもので、日本のブランドとしては初の試みであった[19]。この年にはさらに、ミラ・ジョボビッチ、ナオミ・キャンベル、エヴァ・ハーツィゴヴァ、クラウディア・シファー、クリスティー・ターリントン、ならびにケイト・モスなどが歴代の“顔”を担ってきたスペイン発のファッションブランド「マンゴ」の新たなイメージキャラクターともなっている。ケイト・モスとの入れ替わりによる就任であった[20]。
2013年には「スワロフスキー」の新たなミューズに就任、全世界統一広告に採用され、名実ともに世界最高のモデルの地位を得た[21]。2014年には「H&M」の広告に起用された[22]。一方で、「リーボック」の靴製品「Skyscape(スカイスケープ)」のグローバルアンバサダーに就任[23]。。日本ではP&Gジャパンの洗濯洗剤「ボールド」のCMに出演。女性たちの注目を集め、話題となっている[24]。
私生活
カリフォルニア州ロサンゼルス在住[15]。2010年7月に俳優のオーランド・ブルームと結婚[25]。翌2011年の1月に第一子(男児)を出産した[26]。2013年10月、離婚[27]。離婚後の2014年8月には
I have started using Tinder recently so try to find the one—Miranda Kerr、INTO THE GLOSS
と発言し[28]、マッチングアプリを使用し始めた事を公言している
2017年5月にスナップチャットのCEOエヴァン・シュピーゲルと結婚。2018年5月に第二子(男児)、2019年10月に第三子(男児)を出産した[29]。2024年2月第4子(男児)を出産[30]。