ミルクムナリ

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リリース1993年(インディーズ)[1]
ジャンル民族音楽、創作エイサー、ワールドミュージック
レーベルBMGビクター(全国流通:1994年)[2]
作詞・作曲小浜島口説(PD)[3]
ミルクムナリ
日出克の楽曲
リリース1993年(インディーズ)[1]
ジャンル民族音楽、創作エイサー、ワールドミュージック
レーベルBMGビクター(全国流通:1994年)[2]
作詞・作曲小浜島口説(PD)[3]
作曲日出克

ミルクムナリ(Miruku Munari)は、沖縄県竹富町・竹富島出身のミュージシャン日出克が1993年に発表した楽曲。自然神である「弥勒(ミルク)」と、インドネシア語で「踊る」を意味する「ムナリ(menari)」を組み合わせた造語である。[4][5]1990年代以降、創作エイサーの代表曲として国内外の沖縄芸能グループによって広く演奏されている[6]

曲名は「ミルク(弥勒)+ムナリ(踊る)」の合成語で、「踊る弥勒」「弥勒の舞い」という意味を持つ[1]。 歌詞は八重山方言小浜島系)で、豊穣祈願の伝承歌「小浜島口説」に基づく。作品自体はポップス曲でありながら、エイサー楽曲として特に琉球國祭り太鼓によって広められ、国際的にも演奏されている[6]

語源

インドネシア語の語彙をタイトルに組み込んだのは、日出克がアジアの音楽文化を横断する作品世界を志向したためとされる[1]

制作背景

日出克は当初、アンデス地方の竹製打楽器(バンブードラム)を楽曲に取り入れ、「ワールドミュージック」と位置づけていた。竹製打楽器の音色が沖縄の友人たちから「沖縄の太鼓のようだ」と評されたことを契機に、エイサー的要素を強める方向へ発展した[1]

さらに、小浜島出身の友人で舞台演出家・振付家の平田大一からの助言を受け、小浜島の祭祀歌「小浜島口説(小浜口説 / Kohama Kuduchi)」の詞章を導入。これにより、作品はポップスと伝統芸能が交差する独自の形式を獲得した[1]

文化的背景

小浜島口説は、八重山諸島農耕儀礼の場で歌われる「口説歌」の一種で、主に結願祭(けつがんさい)で豊作を祈り神に感謝する詞章として伝承されてきた。内容は「今年の豊作」「弥勒神の加護」「五穀の繁栄」「共同体の祝祭」を詠う典型的な豊穣儀礼歌である[7]

歌詞と著作権

作品に用いられている「小浜島口説」は伝統詞章であり、JASRAC 作品データベースでは作詞者が「P.D.(パブリックドメイン)」 と明記されている[3]

歌詞の内容(意訳)

一番では、弥勒神が降臨し五穀の恵みが人々に等しく行き渡ることを歌う。 二番では、稲が豊かに実り初穂を神に献じ、残余を蔵に納め、若者たちは酒造りと祝宴に用いる様子を描く。

歌詞(原文・逐語訳)

一番

原文

今年弥勒ヌ 豊穰年サミ

弥勒加那志ヌ 降ルイミソーチ

五穀物種 ウタビミセタサ

宿ヌ宿数 家庭ヌ家庭数

数マタサンドーニッチャイ

逐語訳

今年は弥勒の豊穣の年であり、弥勒(尊いお方)が降りて来てくださり、

五穀の種を授けてくださいました。

家ごと、家庭ごとに その恵みが行き渡っています。


二番

原文

今年 稲ヌ生イタチ スンチャー マンチャー万々万作

ニーディキドゥティ アリガ御初ヤ コウテンガナシニ

カヘイ御拝ティ 御拝ティユ残イ

蔵二積置キ 主屋ニ積置キチン

余ソーティトゥ 我シタ若者

甘酒 辛酒 タリドゥティ 飲デー 遊ブサ


逐語訳

今年は稲がよく育ち、大豊作となりました。

まず初穂は天の神へ捧げ、残ったものを蔵に積み、主屋にも積む。

さらに余った分で、若者たちは甘酒や酒を造り、飲んで遊びます。

国際的展開

論争

出典

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