ミロラド・ドディク
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| ミロラド・ドディク Милорад Додик | |
2025年撮影 | |
| 任期 | 2022年11月15日 – 2025年6月12日(権限移譲に同意:2025年9月19日[注釈 1]) |
|---|---|
| 首相 | ラドヴァン・ビシュコヴィッチ |
| 任期 | 2010年11月15日 – 2018年11月19日 |
| 首相 | デニス・ズヴィズディッチ |
| 任期 | 2020年11月20日 – 2021年7月20日 |
| 首相 | ゾラン・テゲルティヤ |
| 任期 | 2018年11月20日 – 2019年7月20日 |
| 首相 | デニス・ズヴィズディッチ |
| 任期 | 2006年2月28日 – 2010年11月15日 |
| 大統領 | ドラガン・チャヴィッチ ミラン・イェリッチ イゴル・ラドイチッチ(代行) ライコ・クズマノヴィッチ |
| 任期 | 1998年1月31日 – 2001年1月16日 |
| 大統領 | ビリャナ・プラヴシッチ ニコラ・ポプラシェン ミルコ・シャロヴィッチ |
| 任期 | 1996年3月10日 – 現職 |
| 出生 | 1959年3月12日(66歳) |
| 政党 | 独立社会民主同盟(SNSD) |
| 署名 | |
ミロラド・ドディク(セルビア語キリル文字: Милорад Додик)は、ボスニアン・セルブスとして知られるボスニア系セルビア人の政治家。ボスニア・ヘルツェゴビナの構成体のスルプスカ共和国大統領を2回(第8・10代)務めた。2025年8月18日のボスニア・ヘルツェゴビナ裁判所の判決により大統領職を失職し[1]、当初はスルプスカ議会も巻き込んで判決を拒否したが[2]、最終的には副大統領への権限移譲に同意した[3]。このほかボスニア・ヘルツェゴビナ大統領評議会議長、スルプスカ共和国首相を歴任した[4]。
ドディクは1996年の設立以来、独立社会民主同盟(SNSD)の会長を務めており、セルビア人が多数を占めるボスニア・ヘルツェゴビナのスルプスカ共和国で多くの政治的地位を占めている。ドディクは1998年から2001年と2006年から2010年までスルプスカ共和国の首相を務めた。2010年から2018年までスルプスカ共和国の大統領を務めた後、ボスニア・ヘルツェゴビナの大統領評議会にセルビア人代表として選出された。2022年以降はスルプスカ共和国の大統領に復帰している。
SNSD及びドディクは当初、改革主義的で穏健的な政治家、政党と見なされており、国家主義的で民族主義的なセルビア民主党に代わる代替政党としての役割を果たしていた[5]ものの、2000年代から現在までにかけて、SNSDは当初の改革主義的傾向を捨て、スルプスカ分離主義、ボスニアの連邦制度の否定[6][7][8]、権威主義[9][10][11][12]、セルビア民族主義[13][8][14][15][16][17]、右派ポピュリズム、親セルビア及び親露派色をますます強めている[18][19][20]。
スレブレニツァ虐殺は「捏造された神話」であると主張することに加えてドディクはボスニア虐殺が起こったことを否定し、有罪判決を受けた戦犯ラトコ・ムラディッチとラドヴァン・カラジッチを継続的に称賛してきた[21][22][23]。