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ムッライッティーヴー県

スリランカの県 From Wikipedia, the free encyclopedia

ムッライッティーヴー県(ムッライッティーヴーけん、タミル語: முல்லைத்தீவு மாவட்டம் Mullaittīvu Māvaṭṭam、シンハラ語: මුලතිවු දිස්ත්‍රික්කය英語: Mullaitivu District)は、スリランカ北部州に属する。県都はムッライッティーヴー

設立 1978年9月
等時帯 UTC+5:30 (スリランカ標準時)
概要 ムッライッティーヴー県 முல்லைத்தீவு மாவட்டம்මුලතිවු දිස්ත්‍රික්කයMullaitivu District, 国 ...
ムッライッティーヴー県

முல்லைத்தீவு மாவட்டம்
මුලතිවු දිස්ත්‍රික්කය
Mullaitivu District
Iranamadu tank
Iranamadu tank
ムッライッティーヴー県
ムッライッティーヴー県
ムッライッティーヴー県の行政区画(2006年)
ムッライッティーヴー県の行政区画(2006年)
北緯09度14分 東経80度32分
スリランカの旗 スリランカ
北部州(スリランカ)の旗 北部州
設立 1978年9月
県都 ムッライッティーヴー
政府
  県次官 Nagalingam Vethanayagam
面積
  合計 2,617 km2
  陸地 2,415 km2
  水域 202 km2  7.72%
面積順位 11位(国土全体の3.99%)
人口
(2012年)[2]
  合計 91,947人
  順位 25位(総人口の0.45%)
  密度 35人/km2
民族
(2012年)[2]
  スリランカ・タミル 79,081 (86.01%)
  シンハラ 8,851 (9.63%)
  インド・タミル 2,182 (2.37%)
  スリランカ・ムーア 1,760 (1.91%)
  その他 73 (0.08%)
宗教
(2012年)[3]
  ヒンドゥー教 69,628 (75.73%)
  キリスト教 11,989 (13.04%)
  仏教 8,155 (8.87%)
  イスラム教 2,013 (2.19%)
  その他 162 (0.18%)
等時帯 UTC+5:30 (スリランカ標準時)
郵便番号
42000-42999
ISO 3166コード LK-45
ナンバープレート NP
公用語 タミル語シンハラ語
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歴史

現在のムッライッティーヴー県の領域は、13世紀から植民地時代まで北部のジャフナ王国の支配下に置かれていた。[4] ジャフナ王国の滅亡後、この地は時代とともにポルトガルオランダ、そしてイギリスの支配下に入った。1815年、イギリスはセイロン島の支配を確立すると、全島を低地シンハラ、高地シンハラ、タミルの3つの民族を基準とする行政区域に分割した。この当時ムッライッティーヴー県の領域はワンニ県に含まれており、ワンニ県はタミル行政区域の一部とされた。1833年コールブルーク・キャメロン委員会英語版の提言により、民族別の行政区域は廃止され、新たに5つの地形に基づいたが設立された。[5] ワンニ県はジャフナ県マンナール県とともに北部州を構成する県の一つとなった[6]

ワンニ県は後にムッライッティーヴー県、次いで現在のバブニヤ県へと改名された。同県の領域には18世紀ジャフナ半島の主にAlaveddy英語版Udupiddy英語版Navaly英語版から入植が行われた。[7] 1948年のスリランカ独立後も北部州の行政区画は引き継がれたが、1978年9月にバブニヤ県の北部を中心にジャフナ県、マンナール県、さらに東部州トリンコマリー県の一部が分離され、現在のムッライッティーヴー県が誕生した。

スリランカ内戦中、ムッライッティーヴー県は長期に渡り反政府組織タミル・イーラム解放のトラ (LTTE) の支配下に入っていた。政府がその支配を回復したのは、スリランカ軍が奪還を果たした2009年初頭のことである。

地理

ムッライッティーヴー県はスリランカ最北の北部州インド洋に面した北東海岸沿いに位置している。面積は2,617 km2[1]、県域は北でキリノッチ県、南西でマンナール県、南でバブニヤ県、南東で東部州トリンコマリー県と接する。県庁所在地であるムッライッティーヴーは、県の東側のインド洋に面した沿岸部に位置している。

行政区画

ムッライッティーヴー県は6つの(DS地区)から構成されている[8]。郡はさらに136のGN地区から構成されている[8]

さらに見る 郡(DS地区), 主要な都市 及び町 ...
郡(DS地区) 主要な都市
及び町
GN
地区[8]
面積[8][9]
(km2)
人口(2012年国勢調査)[10] 人口
密度
(/km2)
スリランカ・タミルシンハラインド・タミルスリランカ・ムーアその他合計
Weli OyaEhatugaswewa9106,9370206,949
Manthai EastPandiyankulam英語版154906,27710634806,929
Maritimepattuムッライッティーヴー4678925,9761,0711501,6783428,909
OddusuddanOddusuddan英語版2714,158626792513115,658
プトゥックディイルッププトゥックディイルップ英語版191,00923,4805021519623,770
ThunukkaiThunukkai英語版203299,180157391229,732
合計1362,61779,0818,8512,1821,7607391,94735
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人口動態

2012年時点のムッライッティーヴー県の人口は91,947人[2]。人口の大半はスリランカ・タミルから構成される。

ムッライッティーヴー県の人口動態は北部州の他県や東部州と同じように、2009年まで続いた内戦により大きな影響を受けている。この内戦における死者は10万人に上ると推定されており[11]、また内戦期間を通じて、数十万から百万とも言われるタミル人が西側諸国などへ移住英語版した[12]。それ以外でも、多くのタミル人が比較的安全なコロンボへと移住している。さらに県内にいたスリランカ・ムーアシンハラ人といったタミル人以外の民族グループの多くが、タミル・イーラム解放のトラ (LTTE) により他の地域へと追放された。内戦の終結後はこうした避難民の多くが帰還している。

民族

さらに見る 年, タミル ...
民族別の人口(1981年-2012年)[2][13][14]
タミル[15] シンハラ ムスリム[16] その他 合計
人口
人口%人口%人口%人口%
1981年国勢調査69,67089.88%3,9485.09%3,7774.87%1170.15%77,512
1999年推計n/an/an/an/an/an/an/an/a184,655
2000年推計n/an/an/an/an/an/an/an/a187,281
2001年推計[17]n/an/an/an/an/an/an/an/a180,401
2002年推計n/an/an/an/an/an/an/an/a144,959
2003年推計140,55699.92%230.02%490.03%470.03%140,675
2004年推計152,72499.83%00.00%2370.15%290.02%152,990
2005年推計157,41099.77%00.00%3650.23%00.00%157,775
2006年推計214,71399.75%10.00%5470.25%00.00%215,261
2007年推計220,11799.91%10.00%1930.09%00.00%220,311
2008年推計[18]51,73799.99%00.00%40.01%00.00%51,741
2009年推計[19]36,741100.00%00.00%00.00%00.00%36,741
2011年調査60,13690.39%3,9665.96%2,3903.59%340.05%66,526
2012年国勢調査81,26388.38%8,8519.63%1,7601.91%730.08%91,947
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宗教

さらに見る 年, ヒンドゥー教 ...
宗教別の人口(1981年-2012年)[3][20]
ヒンドゥー教 キリスト教[21] 仏教 イスラム教 その他 合計
人口
人口%人口%人口%人口%人口%
1981年国勢調査60,11777.88%12,21115.82%1,0601.37%3,7894.91%120.02%77,189
2012年国勢調査69,62875.73%11,98913.04%8,1558.87%2,0132.19%1620.18%91,947
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脚注

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