ムラッチ・カップ
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1905年4月27日に第1回大会が行われ、100年以上の歴史を持つ大会である。大会が開催されなかった期間もあり、戦火の影響を受けた1915年~1919年(第一次世界大戦)と1940年~1946年(第二次世界大戦とナチス・ドイツによるチャンネル諸島占領)の間と、2020年、2021年の新型コロナウイルス感染症拡大の影響による中止を除き、毎年開催されてきた。[2]保険会社がスポンサーに付き、男子のナショナルチームのみならず、U-21やU-18、さらに女子のナショナルチームの試合も開催される。イギリスの本国外、地域レベルの試合であるため、国際サッカー連盟(FIFA)や欧州サッカー連盟(UEFA)の管轄に含まれない。
準決勝と決勝の2試合からなる。準決勝は第二次世界大戦前の1939年までは、3島の持ちまわりで開催を担ってきた。準決勝が開催されなかった年度はあるが、オルダニー島の実力が他の2島より明らかに劣ると見られた[3]ため、第二次世界大戦を過ぎた1947年以後、オルダニー島は準決勝で必ず他の2島との対戦が組まれている。同島の連敗更新を受け(2024年時点78連敗中)、決勝はジャージー島とガーンジー島との一騎討ちが続いてきた。引き分け戦は2005年大会まで再試合を行い、2006年大会よりPK戦を導入して勝者を決めている[4]。
2009年3月には、ジャージー島でタバコの広告を規制する法案が可決したため、大会の名称を変更する動きがあると報道された[5]。同島では「ムラッチ」(英: Muratti')という商標のタバコを販売していなかったのに、法案成立をめぐってこういう反応が見られたのは、「タバコ製造業者の名前を優勝トロフィーに付けた」と誤解されると、大会の価値が下落するのではないかとおそれたからである[6]。