ムルキー・アイン From Wikipedia, the free encyclopedia ムルキー・アイン(Mulki Ain)は、ネパール王国時代に制定された1400ページから成るネパールの法。「国法」を意味する。 1854年、近代化の重要性を知ったジャンガ・バハドゥル・ラナが国王を通じる形で発布した[1]。 立法作業は1851年から弟や重臣を中心として始められ、最終決定はジャンガによってなされた[1]。 土地の測量・売買、農夫自らが土地を耕作する権利の付与、有罪無罪を決定する神がかり的悪習、迷信の禁止、拷問の禁止、殉死の禁止をさだめるなど[1]、近代的かつ刑法と民法の両面を併せ持つ法でもあった。 佐伯和彦はムルキー・アインを定めたことは、ジャンガの最大の功績と述べている[1]。 脚注 1 2 3 4 佐伯『世界歴史叢書 ネパール全史』、p.562 参考文献 佐伯和彦『世界歴史叢書 ネパール全史』明石書店、2003年。 関連項目 ネパール王国 ゴルカ朝 Related Articles