メアリー・デッカー From Wikipedia, the free encyclopedia メアリー・デッカー(1982年) メアリー・デッカー( Mary Decker 、1958年8月4日 - )(現在の氏名は「 Mary Slaney 」、誕生時の本名は「 Mary Teresa Decker 」)は、アメリカ合衆国の陸上競技女子中距離走・長距離走選手である。1982年にアメリカのアマチュアスポーツの最高権威とされるジェームスサリバン賞を受賞する。 1983年 世界陸上ヘルシンキ大会:1500m優勝、3000m優勝 1984年 ロサンゼルスオリンピック:3000m途中棄権 1988年 ソウルオリンピック:1500m8位入賞、3000m10位 1996年 アトランタオリンピック:5000m出場(予選敗退) プロフィール 1980年代前半、女子中長距離で当時全盛期だった東欧勢に対等な戦いを挑み、ヘルシンキ世界陸上選手権では1500m、3000mで激戦の末、東欧勢を下し、ともに優勝したことが特筆される。 1984年ロサンゼルスオリンピックでは1500mには出場せず、あえて3000mの1種目のみにしぼっての出場となり、金メダルの最有力候補であった。しかしレース途中、南アフリカ出身のゾーラ・バッド(英国)との接触事故で転倒し、途中棄権に追い込まれた。 1976年モントリオールオリンピックは故障、1980年モスクワオリンピックは米国のボイコットにより、五輪2大会を続けて欠場。その後1988年ソウルオリンピックと、1996年アトランタオリンピックにも出場したが、結局念願の五輪メダル獲得はならず、悲劇のヒロインと言われた。 私生活では1981年にマラソンランナーのロン・タブと結婚したが2年後に離婚。1985年に円盤投選手のリチャード・スレイニーと再婚している。日本のマスコミでの呼び方は初婚時は「メアリー・デッカー・タブ」、再婚後は「メアリー・デッカー・スレイニー」となっていた。 女優なみのルックスのブロンド美人でアメリカ国内はもとより、世界的に人気の高い選手でもあった。 外部リンク ウィキメディア・コモンズには、メアリー・デッカーに関連するカテゴリがあります。 メアリー・デッカー - ワールドアスレティックスのプロフィール(英語) メアリー・デッカー - Olympedia(英語) 表話編歴世界陸上競技選手権大会金メダリスト 女子1500m 1983 メアリー・デッカー 1987 タチアナ・ドロフスキフ 1991 ハシバ・ブールメルカ 1993 劉冬 1995 ハシバ・ブールメルカ 1997 カーラ・サクラメント 1999 スベトラーナ・マステルコワ 2001 ガブリエラ・サボー 2003 タチアナ・トマショワ 2005 タチアナ・トマショワ 2007 マリアム・ユスフ・ジャマル 2009 マリアム・ユスフ・ジャマル 2011 ジェニファー・シンプソン 2013 アベバ・アレガウィ 2015 ゲンゼベ・ディババ 2017 フェイス・キピエゴン (KEN) 2019: シファン・ハッサン (NED) 2022–23: フェイス・キピエゴン (KEN) 表話編歴世界陸上競技選手権大会金メダリスト 女子3000m・5000m3000m(1980–1993) 1983 メアリー・デッカー 1987 タチアナ・ドロフスキフ 1991 タチアナ・ドロフスキフ 1993 曲雲霞 5000m(1995–present) 1995 ソニア・オサリバン 1997 ガブリエラ・サボー 1999 ガブリエラ・サボー 2001 オリガ・エゴロワ 2003 ティルネシュ・ディババ 2005 ティルネシュ・ディババ 2007 メセレト・デファー 2009 ビビアン・チェルイヨット 2011 ビビアン・チェルイヨット 2013 メセレト・デファー 2015 アルマズ・アヤナ 2017 ヘレン・オンサド・オビリ 2019 ヘレン・オンサド・オビリ 2022: グダフ・ツェガイ (ETH) 2023: フェイス・キピエゴン (KEN) 典拠管理データベース 全般 FAST VIAF WorldCat 国立図書館 アメリカ 人物 ワールドアスレティックス Related Articles