メアリー・フィルビン

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本名 Mary Loretta Philbin
生年月日 (1902-07-16) 1902年7月16日
没年月日 (1993-05-07) 1993年5月7日(90歳没)
出生地 シカゴ
メアリー・フィルビン
Mary Philbin
Mary Philbin
メアリー・フィルビン(1924年)
本名 Mary Loretta Philbin
生年月日 (1902-07-16) 1902年7月16日
没年月日 (1993-05-07) 1993年5月7日(90歳没)
出生地 シカゴ
死没地 ハンティントンビーチ
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
職業 女優
活動期間 1918 - 1930
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メアリー・フィルビンMary Philbin1902年7月16日 - 1993年5月7日[1][2])は、サイレント映画時代に活躍したアメリカ女優。『オペラの怪人』、『笑ふ男』といった「美女と野獣」タイプの映画でヒロインを演じた。

1902年7月16日[3]、イリノイ州シカゴで中流階級のアイルランド系アメリカ人一家に生まれる。父親ジョン・フィルビン[4]アイルランドメイヨー県バリンローブの生まれで、宗教はカトリックだった[5]

ユニバーサル・ピクチャーズ主催の美人コンテストがシカゴで開かれ、フィルビンは優勝。女優としてのキャリアをスタートさせる[3]

1921年に銀幕デビュー。翌1922年にはワンパス・ベビー・スターズに選出される。スターダムにのし上がる。

1920年代、売れっ子女優として数多くの映画に出演。 エリッヒ・フォン・シュトロハイム監督の『メリー・ゴー・ラウンド』(1923年)、D・W・グリフィス監督の『愛の太鼓』(1928年)などで主演を務める。しかし、フィルビンの最大の当たり役はユニバーサル・ホラーの傑作『オペラの怪人』(1925年)のヒロイン、クリスティーヌ・ダーエ役であろう[6]

パトリック・H・オマリー・ジュニアは彼女についてこう言ったことがある。「私が迷信深い人間だったら、過去の忘れられた偉大な悲劇女優たちの魂が彼女の中に乗り移ったと思ったことだろう」[7]

トーキーの時代になってもしばらくは仕事を続けた。『オペラの怪人』のサウンド版では自身の声を吹き替えた。1930年代初期に引退し、その後はカリフォルニア州ハンティントンビーチで[3]両親と暮らした。生涯を独身で通し、公の場に出ることもあまりなかった。アンドルー・ロイド・ウェバーミュージカルオペラ座の怪人』のロサンゼルスでの初日に顔を見せたのはきわめて稀なことだった。

1993年に肺炎で死去。90歳だった。遺体は、カリフォルニア州ロサンゼルス東部のカルバリー墓地に埋葬された[8]

フィルモグラフィ

脚注

外部リンク

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