メアリー・フィルビン
From Wikipedia, the free encyclopedia
1902年7月16日[3]、イリノイ州シカゴで中流階級のアイルランド系アメリカ人一家に生まれる。父親ジョン・フィルビン[4]はアイルランドのメイヨー県バリンローブの生まれで、宗教はカトリックだった[5]。
ユニバーサル・ピクチャーズ主催の美人コンテストがシカゴで開かれ、フィルビンは優勝。女優としてのキャリアをスタートさせる[3]。
1921年に銀幕デビュー。翌1922年にはワンパス・ベビー・スターズに選出される。スターダムにのし上がる。
1920年代、売れっ子女優として数多くの映画に出演。 エリッヒ・フォン・シュトロハイム監督の『メリー・ゴー・ラウンド』(1923年)、D・W・グリフィス監督の『愛の太鼓』(1928年)などで主演を務める。しかし、フィルビンの最大の当たり役はユニバーサル・ホラーの傑作『オペラの怪人』(1925年)のヒロイン、クリスティーヌ・ダーエ役であろう[6]。
パトリック・H・オマリー・ジュニアは彼女についてこう言ったことがある。「私が迷信深い人間だったら、過去の忘れられた偉大な悲劇女優たちの魂が彼女の中に乗り移ったと思ったことだろう」[7]
トーキーの時代になってもしばらくは仕事を続けた。『オペラの怪人』のサウンド版では自身の声を吹き替えた。1930年代初期に引退し、その後はカリフォルニア州ハンティントンビーチで[3]両親と暮らした。生涯を独身で通し、公の場に出ることもあまりなかった。アンドルー・ロイド・ウェバーのミュージカル『オペラ座の怪人』のロサンゼルスでの初日に顔を見せたのはきわめて稀なことだった。
