アルメニアの歴史書によれば、メスロプ・マシュトツがアルメニア文字を創り出したのは404年から406年ごろのことである。彼がさらにジョージア文字やアルバニア文字(英語版)も創ったという説もあるが、その信憑性は否定されている。文字が創始されたのはアルメニアがローマとペルシャに分割支配されていた時期であった。文字は思考・創造の武器として民族に多大な影響を与えたものはなかった。文字が創始されるまでは、ギリシャ文字やアッシリア文字を使って書いていた。聖書のアルメニア語訳が伝導に必要であったので、民族の文字が必要であった。
首都エレヴァン近郊のオシャカン(Oshakan)の教会に墓がある。1994年に発行されたアルメニアの1000ドラム紙幣に座像が使用されていた。