メルティングポット
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リーダーである矢萩秀明が、ネム音楽院で同期だった藤岡敏則、宮崎まさひろの二人の他、田代修二、桧山正利と組んでいた「矢萩バンド」が母体。
八神が本格プロデビューする前年の1977年に専属バックバンドを務めることになり、新しくバンド名をつけるように言われていた時、音楽誌を読んでいた矢萩が、ジョー・サンプルのインタビュー記事で「ニューヨークはメルティングポットだから」というコメントに目が留まり、「自分達のバンドも様々なバック・ボーンを持った者の集まりだ」と思ったのがバンド名の由来である。
なお、1982年には山川恵津子と鳴海寛のユニット「東北新幹線」がアルバム「Thru Traffic」をリリースし、AORやブラック・コンテンポラリー影響下のメロウかつ洗練されたアーバン・ポップ・サウンドは今でも高い評価を受けている。