メレスアンク1世の名前はパレルモ石の断片に表れる。また、サッカラにあるペヘルネフェル(英語版)の墓の中で指し示されている地所は、メレスアンク1世の地所の可能性がある。彼女はメイドゥーム(英語版)の神殿(英語版)の中にあるグラフィティに、息子のスネフェルと並んで名前が記されている。このグラフィティは第18王朝のトトメス3世の時代のものである[1]。この文書は、スネフェルと王妃メレスアンク1世の魂のためにhetep di nesuという呪文を捧げている[4]。
Alexander J. Peden: The graffiti of pharaonic Egypt: scope and roles of informal writings (c. 3100-332 B.C.). BRILL, Leiden 2001, ISBN90-04-12112-9, pg. 65