メーガン・ホッジ

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メーガン・ホッジ(Megan Hodge、1988年10月15日 - )は、アメリカの女子バレーボール選手。アメリカ代表ペンシルベニア州立大学卒。

生年月日 (1988-10-15) 1988年10月15日(37歳)
身長 191cm
概要 メーガン・ホッジ Megan Hodge, 基本情報 ...
メーガン・ホッジ
Megan Hodge
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 (1988-10-15) 1988年10月15日(37歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗セント・トーマス島
身長 191cm
体重 80kg
選手情報
ポジション OH
利き手
スパイク 320cm
ブロック 297cm 
獲得メダル
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
オリンピック
2012ロンドン
ワールドカップ
2011東京
2015名古屋
ワールドグランプリ
2010寧波
2011澳門
2012寧波
2015オマハ
北中米選手権
2011カグアス
2015モレリア
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来歴

高校まで

アメリカ領ヴァージン諸島セント・トーマス島生まれ。父はヴァージン諸島大学、母はジョージ・ワシントン大学でバレーボール選手、ともにバレーボールアメリカ領ヴァージン諸島代表メンバーというバレーボール一家に生まれた。3歳の時に、ノースカロライナ州ダーラムに移住した。

ホッジは12歳の時にバレーボールを始め、以降バレー一筋に突き進む[1]。高等学校はRiverside High School(4年制)に進学した。この4年間でアタック1,596本、ブロック319本、ディグ647本、サービスエース286本を記録し、ノースカロライナ州史上最高のバレーボール選手として脚光を浴びた[2]

この間、アメリカ合衆国ユース代表およびジュニア代表に招集され、2004年にプエルトリコで開催されたNORCECA選手権ではMVPとベストアタッカーに選出されている(ノースカロライナ州出身としては初の選出)。進学時期になると、全米のバレーボール強豪校からオファーが殺到する[3][4]中、ホッジはペンシルベニア州立大学への進学を決めた[5]

ペンシルベニア州立大学

大学在学中のハイライトは、2007年にNCAA選手権でスタンフォード大学を破り優勝したこと。同年と翌2008年には、NCAAの全米注目選手に選出されている。

プロ選手

2010年より本格的にシニア代表として国際大会に参戦し、同年10-11月の世界選手権に出場したが目立った活躍は出来なかった。2010-11シーズンはセリエA1のGSOヴィッラ・コルテーゼと契約した[6]。2011年の北中米選手権で優勝、同年のワールドカップでは最終戦の日本戦に途中出場した。2011-12シーズンにはポーランドリーグのアトム・トレフル・ソポトに移籍した。

2012年6月のワールドグランプリにおいて、アメリカ代表の一員としてチームのWGP3連覇に大きく貢献し、自らもMVP、ベストスコアラーに輝いた[7]ロンドン五輪に出場し、銀メダルに貢献した。

2013年のパンアメリカンカップで優勝を果たし、自身もベストスパイカー賞に輝いた。2013-14シーズンは中国リーグの強豪広東恒大女子排球へ移籍し、世界クラブ選手権に出場した。

2015年、2年ぶりに代表に復帰し、同年7月のワールドグランプリで3年ぶりの優勝に貢献した。

所属チーム

受賞歴

  • 2012年 - ワールドグランプリ MVP、ベストスコアラー
  • 2013年 - パンアメリカンカップ ベストスパイカー賞

脚注

外部リンク

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