モスキート (水雷艇)

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モートン湾で演習に参加中の「モスキート」(1901年)[1]
ブリスベン川に碇泊中の「モスキート」(手前)とイギリスのスループ「Egeria」(1889年ごろ)[2]

モスキート(HMQS Mosquito)はクイーンズランド植民地の2等水雷艇。

ロシアの脅威に対してオーストラリアの植民地が取得した艦艇の一隻で、ジョン・アイ・ソーニクロフト社で建造され、1884年7月11日(または7月16日[1])に進水した[3]。ヤードナンバー193[1]。購入費は3300ポンドであった[4]

ニュージーランドの植民地政府やタスマニアが取得したものと同型で、船体は1/16インチの亜鉛鍍金鋼板製であり、全長63フィート(19.2m)、最大幅7フィート6インチ(2.28m)、排水量12トンであった[4]。機関はinverted direct-acting compound engineで出力166馬力[4]。速力は16ノット[1]

兵装は外装水雷と1インチ2銃身ノルデンフェルト砲1門[1]。のちに外装水雷は撤去され、代わって14インチ魚雷用の魚雷投下装置が2つ搭載された[1]

「モスキート」は英領インドの汽船「Duke of Sutherland」に積まれて1884年8月16日(または8月13日[4])にグレーブゼンドより出航し、10月9日にブリスベンに到着した[1]

1885年3月11日、「モスキート」がブリスベン川でデモンストレーションを行っていた際、人為的ミスにより乗船者が川に転落する事故が起きた[5]

1901年に連邦海軍部隊(Commonwealth Naval Forces)に移管され[6]、1911年にオーストラリア海軍が誕生するとそちらに移された[7]

1913年3月以降に機関などが取り外され[1]、それからブリスベン川支流のBoggy Creekへ廃棄された[7]

「モスキート」の廃棄場所は長く不明であったが、1966年に残骸の写真が撮られ、2009年に再発見されている[1]

参考文献

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