モスクワ防衛軍の歌
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別名
Песня защитников Москвы
(モスクワ守備隊の歌、モスクワ守備隊行進曲)
(モスクワ守備隊の歌、モスクワ守備隊行進曲)
作詞
アレクセイ・シュルコフ(1941年11月3日)
作曲
ボリス・モクロウソフ(1941年〜1942年)
言語
ロシア語
| Марш защитников Москвы | |
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| 和訳例:モスクワ防衛軍の歌 | |
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| 別名 |
Песня защитников Москвы (モスクワ守備隊の歌、モスクワ守備隊行進曲) |
| 作詞 | アレクセイ・シュルコフ(1941年11月3日) |
| 作曲 | ボリス・モクロウソフ(1941年〜1942年) |
| 言語 | ロシア語 |
モスクワ防衛軍の歌(モスクワぼうえいぐんのうた、ロシア語: Марш защитников Москвы)は、ソビエト連邦で作詞作曲された、赤軍の軍歌である。
作詞はアレクセイ・シュルコフ、作曲はボリス・モクロウソフが担当した[1][2]。
→「モスクワの戦い」も参照
1941年6月から始まったナチス・ドイツの侵攻からドイツ国防軍は電撃戦を展開し、同年11月から12月にはクレムリンから僅か25kmの地点まで迫っていた。この軍歌はそのドイツ軍の攻撃からモスクワを死守するために戦う赤軍(モスクワ防衛軍)を題材にしている。
この軍歌は1941年11月3日の新聞「クラスノアルメイスカヤ・プラウダ」に掲載されたスルコフの詩が元となっている。その後赤軍が、冬将軍の到来や、装備や物資が枯渇し、疲弊していたモスクワ近郊のドイツ軍を撃破し後退させると、長編ドキュメンタリー映画『モスクワ近郊ドイツ軍撃退』がソ連国内で公開され、オーケストラと合唱団によって初めて、モスクワ防衛の歌が演奏された[3]。またモスクワ防衛軍の歌は、1944年公開の映画『戦後の午後6時に』、ドラマ『モスクワ・サーガ』内でも流れている。
この曲はロシア軍楽隊の伝統的な行進曲の一つであり、モスクワ戦勝記念日パレードで演奏されている(最近では2005年と2010年に演奏された)。この曲の旋律は、トルコ共産党の讃美歌に採用されている[4]。
作成
アレクセイ・シュルコフは、「モスクワの防衛軍の歌」が書かれたときのモスクワの状態を次のように説明している。
ファシスト攻撃の残酷な不幸が、10月上旬に私たちを追い越した。敵の打撃を受けて、前線は崩壊し、装甲大群、ポドミン連隊、師団、軍隊は西からモスクワに駆けつけ、南と北からその周りを流れ始め、恐ろしいスピードでそれらの国境に近づき、ソビエト情報局の報告では首都への遠いアプローチと呼んでいた。 — アレクセイ・シュルコフ