モハメド・ハムダン・ダガロ
From Wikipedia, the free encyclopedia
モハメド・ハムダン・ダガロ(Mohamed Hamdan Dagalo、アラビア語: محمد حمدان دقلو、通称「ハメド・ヘメティ」Hemeti[5]、Hemetti[6] (アラビア語: حميدتي), Hemedti[7]、Hemitte、1974年 - )は、スーダンの政治家・軍人。
| モハメド・ハムダン・ダガロ Mohamed Hamdan Dagalo | |
|---|---|
| محمد حمدان دقلو | |
2022年撮影 | |
| スーダン平和統一政府 大統領評議会議長 | |
| 就任 2025年4月15日(樹立宣言) 2025年8月30日(就任宣誓) | |
| 前任者 | (創設) |
| 任期 2021年11月11日 – 2023年5月19日 | |
| 議長 | アブドゥルファッターハ・アブドッラフマーン・ブルハーン |
| 前任者 | (自分自身) |
| 後任者 | マリック・エイガー |
| 任期 2019年8月21日 – 2021年10月25日 | |
| 議長 | アブドゥルファッターハ・アブドッラフマーン・ブルハーン |
| 前任者 | (自分自身) |
| 後任者 | (自分自身) |
| 就任 2013年 | |
| 前任者 | (創設) |
| 軍事評議会副議長 | |
| 任期 2019年4月13日 – 2019年8月20日 | |
| 議長 | アブドゥルファッターハ・アブドッラフマーン・ブルハーン |
| 前任者 | カマル・アブドゥル=マルフ・アル=マフディ |
| 後任者 | (廃止) |
| 個人情報 | |
| 生誕 | Mohammed Hamdan Dagalo 1974年(51 - 52歳) |
| 国籍 | |
| 親戚 | アブドゥル・ラヒム・ダガロ(兄) アルゴニー・ハムダン・ダグロ・ムサ(弟)[4] |
| 著名な実績 | 2023年スーダン戦闘におけるRSF司令官 |
| 兵役経験 | |
| 渾名 | ヘメティ (حميدتي) |
| 所属国 | |
| 所属組織 | ジャンジャウィード (2003-2013)[1] |
| 軍歴 | 2003-現職 |
| 最終階級 | |
| 指揮 | 即応支援部隊司令官 |
| 戦闘 | ダルフール紛争 2019年スーダンクーデター 2021年10月スーダンクーデター 2023年スーダン戦闘 |
即応支援部隊(RSF)の指導者であり、2025年が4月15日に樹立を宣言し、7月26日に正式に発足した対抗政府における大統領評議会を率いている。
経歴
1974年、チャド生まれ[1][2][3][8][9]。ダルフール紛争において反乱派と戦うためにスーダン政府が編成した「ジャンジャウィード」と呼ばれる民兵組織の指導者の一人であった[10]。2013年にジャンジャウィードがRSFとして再編成され、ダガロは同組織の指導者となった[11][12]。
2019年、スーダンのオマル・アル=バシール政権に対する抗議運動が起こり、同年4月にアル=バシール政権が崩壊すると、ダガロは軍事評議会の一員となり、スーダンの事実上の指導者となった。しかし、ダガロはRSFの過激な行動や人権侵害により、国内外から批判を浴びることとなった。
2021年、ダガロはスーダンの文民政府との権力移譲協定に署名し、RSFは正式にスーダン軍の一部となった。しかし、RSFは依然として人権侵害や暴力行為を行うことが指摘されており、ダガロの人物像については賛否両論がある。
2025年1月7日、アメリカ政府はRSFがジェノサイドを犯したと認定したと発表し、ダガロとアラブ首長国連邦拠点のRSFの関連企業7社に資産凍結などの経済制裁を課した。ダガロと直系親族のアメリカ入国も禁止する[13][14]。
2025年4月15日には文民政府に対抗する平和統一政府の樹立を宣言。15人のメンバーからなる大統領評議会を設置した[15]。7月26日に対抗政府の樹立を正式に宣言し、8月30日に大統領評議会議長への就任宣誓を行い、名実ともに対抗政府のトップとなった[16]。