モンクスウェル男爵

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モンクスウェル男爵: Baron Monkswell)はイギリスの男爵貴族連合王国貴族爵位。法曹界出身の自由党政治家サー・ロバート・コリアー英語版1885年に叙位されたことに始まる。

創設時期1885年7月1日
初代初代男爵ロバート・コリアー英語版
概要 モンクスウェル男爵, 創設時期 ...
モンクスウェル男爵

紋章記述

Arms:Argent on a Chevron Azure between in chief two Demi-Unicorns courant and in base an Elephant's Head erased Gules three Oak Branches slipped leaved and fructed Or Crest:A Demi-Man affrontée proper holding in the dexter hand an Oak Branch slipped and leaved proper fructed Or and resting the sinister hand on an Escutcheon Azure charged with two Keys saltirewise Or Supporters:On either side a Druid vested Argent wreathed about the temples with Laurel Leaves Vert and resting the exterior hand on an Escutcheon Azure charged with a Balance suspended Or
創設時期1885年7月1日
創設者ヴィクトリア
貴族連合王国貴族
初代初代男爵ロバート・コリアー英語版
現所有者6代男爵ジェームズ・コリアー
相続資格初代男爵の嫡出直系男子
付随称号なし
現況存続
モットーPersevere
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なお、コリアー家に男爵位以外の保有爵位はない。

歴史

初代男爵ロバート・コリアー
画家ジョン・コリアーは初代男爵のヤンガーソンにあたる人物。

その祖ロバート・コリアー英語版(1817–1886)民事高等裁判所首席判事英語版法務長官を務めた法曹家である[1][2][3]。彼は1885年7月1日連合王国貴族としてデヴォン州モンクスウェルのモンクスウェル男爵(Baron Monkswell, of Monkswell in the County of Devon)に叙せられた[1][2][3][4]

その息子である2代男爵ロバート(1845-1909)も父同様に自由党の政治家として活動して、ヴィクトリア女王付侍従英語版戦争省担当次官英語版を歴任した[3]

3代男爵ロバート(1875-1964)は襲爵後に議員として貴族院に列したのち、議会法案審議時には『ダイ・ハード(頑強な抵抗者)』に加わって、法案阻止に動いた[註釈 1][7]。彼には子がなかったため、爵位は甥のウィリアムが継承した[2]

4代男爵ウィリアム(1913-1984)は襲爵直後の1964年4月7日に、1963年貴族法に基づいて爵位一代放棄を行った[2][8]

その孫にあたるジェームズ(1977-)2020年に6代男爵の地位を継承して、彼が男爵家現当主である。


一族に関連する人物に、ラファエル前派の肖像画家ジョン・コリアー(1850-1934)が挙げられ、彼は初代男爵の次男にあたる[9]。また、その子ローレンス英語版(1890-1976)駐ノルウェー大使英語版を務めた外交官である[10]

爵位にかかるモットーは『貫き通せ(Persevere)[2][3]

モンクスウェル男爵(1885年)

  • 初代モンクスウェル男爵ロバート・ポーレット・コリアー英語版 (1817–1886)
  • 第2代モンクスウェル男爵ロバート・コリアー英語版 (1845–1909)
  • 第3代モンクスウェル男爵ロバート・アルフレッド・ハードキャスル・コリアー英語版 (1875–1964)
  • (第4代モンクスウェル男爵)ウィリアム・エイドリアン・ラリー・コリアー (1913–1984)(1964年に爵位一代放棄)
  • 第5代モンクスウェル男爵ジェラルド・コリアー英語版 (1947–2020)
  • 第6代モンクスウェル男爵ジェームズ・エイドリアン・コリアー (1977-)

脚注

関連項目

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