モーリス・ボンパール
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フランスの南部のアヴェロン県のロデーズの商人の息子に生まれた。幼いころにマルセイユに移り、マルセイユの美術学校でドミニク・アントワーヌ・マゴー(Dominique Antoine Magaud: 1817-1899)に学んだ後、パリに移りギュスターヴ・ブーランジェとジュール・ジョゼフ・ルフェーブルに学んだ。1878年からフランス芸術家協会の展覧会に定期的に出展した。
1882年に奨学金を得てドイツ、イタリア、チュニジア、スペインを訪れた。1890年から1900年の間はアルジェリアのビスクラに滞在し、現地の人々の生活を描いた。ウジェーヌ・ジラルデやナスレディーヌ・ディネらとともに1893年に設立されたフランスオリエンタリズム画家協会(Société des peintres orientalistes français)の創立メンバーとなった。1900年のパリ万国博覧会や1906年のマルセイユ植民地博覧会(Exposition coloniale de Marseille)の美術展にも出展した。1914年ににレジオンドヌール勲章(シュヴァリエ)を受勲した[1].。
1935年にパリで亡くなった。ボンパールの弟子にはマルト・オラン (Marthe Orant: 1874-1957)がいる。没後、風景画などの画家に贈られるモーリス・ボンパール賞(Prix Maurice Bompard)が設けられた[2]。