ヤクブ・ユゼフ・オルリンスキ

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生誕 (1990-12-08) 1990年12月8日(35歳)
ポーランドの旗 ポーランドワルシャワ
教育 ショパン音楽大学音楽修士
ジュリアード音楽院(グラデュエート・ディプロマ)
活動期間 2012年 - 現在
ヤクブ・ユゼフ・オルリンスキ
Jakub Józef Orliński
2017年のオルリンスキ
生誕 (1990-12-08) 1990年12月8日(35歳)
ポーランドの旗 ポーランドワルシャワ
教育 ショパン音楽大学音楽修士
ジュリアード音楽院(グラデュエート・ディプロマ)
職業 オペラ歌手カウンターテナー
ブレイクダンサー
活動期間 2012年 - 現在
受賞
  • グラモフォン賞(2019年)
  • インターナショナル・オペラ・アワード(2021年)
  • インターナショナル・クラシカル・ミュージック・アワード(2022年)
公式サイト 公式ウェブサイト
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ヤクブ・ユゼフ・オルリンスキポーランド語: Jakub Józef OrlińskiIPA: [ˈjakup ˈjuzɛf ɔrˈlij̃skʲi][注 1]1990年12月8日 - )は、ポーランド出身のオペラ歌手(カウンターテナー)およびブレイクダンサーである[1][2]メトロポリタン歌劇場ロイヤル・オペラ・ハウスバイエルン国立歌劇場など、世界有数のオペラハウスで活躍し、クラシック音楽界に新たなファン層を惹きつけるスター歌手として知られている[3][2]

1990年12月8日、ポーランドのワルシャワにて、ともに画家である父ヤクブ・オルリンスキと母ボグナ・チェホフスカのもとに生まれる。祖父母の2人は建築家であり、兄弟のフランツィシェクもグラフィックアーティストという芸術一家に育つ[1]。8、9歳の頃からアマチュアの合唱団で歌い始め、当初はボーイ・アルトであったが、声変わりを経てバス・バリトンとなった[4]。その後、男声のみのアンサンブルを結成してルネサンス音楽を歌うことになった際、くじ引きで負けたことによりカウンターテナーのパートを担当することになった[4]キングズ・シンガーズなどのCDを聴いて真似をすることから始まり、このジャンルでの歌唱を深めていった[4]

学業では、カロル・シマノフスキ音楽アカデミー英語版で声楽技術と音楽理論の基礎を学んだ後、ニューヨークのジュリアード音楽院などに進学して研鑽を積んだ[1][2]ジュリアード音楽院時代からの盟友には、後に多くの録音やリサイタルで共演することになるピアニストのミハウ・ビエル(Michał Biel)がいる[3][2]

音楽のキャリア

2017年、フランスのエクサン・プロヴァンス音楽祭にて、カヴァッリのオペラ『エリスメナ』のオリメロ役でデビューを果たし、大きな反響を呼んで国際的なキャリアをスタートさせた[1][4]。2018年にはエラート(Erato)レーベルからデビュー・ソロ・アルバム『Anima Sacra』をリリースした[1][3]

オペラの舞台でも飛躍を遂げ、2021年にはニューヨークのメトロポリタン歌劇場にて、マシュー・オーコイン英語版の現代オペラ『エウリディーチェ』でデビューを飾った[3]。続いて2022年にはロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスでの『テオドーラ』や、サンフランシスコ歌劇場での『オルフェオとエウリディーチェ』に出演[3]。2023年にはバイエルン国立歌劇場で『セメレ』のアタマス役を演じ、2025年にはチューリヒ歌劇場で『アグリッピーナ』に出演するなど、世界の主要な劇場での実績を重ねている[3]

2024年7月26日のパリオリンピック開会式では、約10億人が視聴する中、ジャン=フィリップ・ラモーのオペラ『優雅なインドの国々』からのアリア「Viens Hymen」を歌いながらブレイクダンスの技を披露し、大きな話題を呼んだ[5][4][3]。さらに2026年はじめには「Gala des Pièces Jaunes」でラッパーのA$AP Rockyと共演するなど、ジャンルを超えた活動を展開している[5]

2024年秋には休暇でプライベート来日しており、その際滞在した京都で交際相手にプロポーズし婚約を果たした[6]

2026年4月7日、駐日ポーランド大使館での記者会見にて(左はミハウ・ビエル)

2026年4月には盟友ミハウ・ビエルと共に、東京(東京芸術劇場)と兵庫(兵庫県立芸術文化センター)で待望の初来日公演を開催する[6][2]。また同年春には、ビエルとの共演によるパーセル、ヘンデル、フックスらの楽曲を収録したアルバム『If music…』をリリースしている[7][5]

評価・音楽性

オルリンスキのボーカルテクニックは、ファルセットの巧みな使用と、胸声(チェストボイス)と頭声(ヘッドボイス)のスムーズな移行において高く評価されている[1]。トリルやレガートといったバロック音楽の伝統的な装飾音や歌唱法を正確に表現しつつも、ドラマティックなアクセントや現代的な舞台美学を取り入れることで、バロック音楽の枠に留まらない独自のスタイルを確立している[1]

本人によれば、バロック音楽の持つ多様性や即興性は「限界がなく、ブレイクダンスと同じくらい自由度が高い」ものであり、舞台上でオペラのアリアとブレイクダンスを融合させるパフォーマンスも行っている[4][3]。クラシック音楽の枠を超えた幅広いリスナー層(特にZ世代)にアピールする存在であり、日本のフィギュアスケート選手・宇野昌磨がフリープログラムでオルリンスキの歌うハッセのアリア「わたしの苦しみよ、さあ早く!」を使用したことでも広く知られている[3]

その他の活動

オペラ歌手であると同時に、ブレイクダンスの競技者としても卓越した実力を持ち、「Red Bull BC One Poland Cypher」での4位入賞、「Stylish Strike – Top Rock Contest」での2位入賞、「The Style Control」での2位などの実績を残している[5][4]。彼にとってブレイキンを通じた身体のコントロールは、声帯や口先だけでなく「身体全体で歌う」という歌唱スタイルに直結しているという[4]

さらに、モデルやインフルエンサーとしても活動し、数十万人のSNSフォロワーを持つ。これまでにNetflixルイ・ヴィトンリーバイスナイキBMWロレックスラコステMAC Cosmetics英語版などの国際的ブランドのキャンペーンに起用され、ファッション界でも存在感を示している[5][2]

受賞歴

  • 2015年:マルツェラ・コハンスカ・センブリヒ声楽コンクール 第1位(アメリカ・ニューヨーク)[8]
  • 2016年:第9回スタニスワフ・モニューシュコ国際声楽コンクール 第2位(ポーランド・ワルシャワ)[9]
  • 2016年:リンドン・ウッドサイド・オラトリオ・ソロ・コンクール 第1位(アメリカ・ニューヨーク)[10]
  • 2016年:メトロポリタン歌劇場ナショナル・カウンシル・オーディション グランドファイナル優勝(アメリカ・ニューヨーク)[11]
  • 2019年:Opus Klassik賞(ソロ・ボーカル・リサイタル・オペラ部門、アルバム『Anima Sacra』にて、ドイツ)[12]
  • 2019年:グラモフォン賞(若手アーティスト・オブ・ザ・イヤー、イギリス・ロンドン)[13]
  • 2020年:Paszport Polityki クラシック音楽部門(ポーランド)[14][15]
  • 2021年:インターナショナル・オペラ・アワード
  • 2023年:Opus Klassik 男性歌手賞[2]
  • 2024年:ポーランド文化功労章英語版 グロリア・アルティス金メダル[2]
  • 2024年:BBCミュージックマガジン賞(ボーカル部門)[2]
  • グラミー賞 ノミネート経験あり[2]

ディスコグラフィ(アルバム)

注釈

出典

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